★ノドアカ★

咽赤。咽赤の鳴き声は血を吐く声。
大切なものを求めて、鳴き叫んだ挙句の果てに血を吐いて、
其れでもまだ鳴き止まず。
どこにいる、大切な子供。どこにいる、大切な貴方の集合体。

鳥が、鳴いてる。
鳥が、泣いている。


「テッちゃん?」
いないよ。
「ハイドぉ〜?」
いないよ。誰もいないよ。
「ゆ、ゆっき?」
いるよ。一番終章に呼び起こされた俺の名前。
いないフリして、いるフリをする。
ケンちゃんが誰かを探してる。誰でも良いんだろうと思う。
その挙句呼ばれた俺の名前は最後に。最終章。終わり。これで、終わり。
真っ暗な部屋の中で、俺はじっと座ってた。
レコーディングの最中だけと言う契約で借りた、マンスリーマンションで。
俺は一人、暗がりの中で座りこみ、
そして獲物を待つ傷を負った虎のように。

開かれた扉からかすかにさしこんだ光が、
さっと一瞬そのの姿を浮かびあがらせたでしょう。
さぁ、見つけなさい。貴方の獲物を。
貴方の大切な名前で呼び習わした集合体を。

ケンちゃんが言った。
レコーディングの最中だった。
ちょっとの休息の合間に、ふざけた会話がとんとんと進んで行く。
とんとんと。進んで行く。
取り残された気はしない。
俺はいつも俺のスペースでしか生きていないから。
テッちゃんもケンちゃんも、
縄張りを持たない飼い猫みたいに、人の縄張りを忘れる。
ハイドはきちんと縄張りを主張する。
主張出きる奴は羨ましいよ。
俺は、別に縄張りがないような顔をし、自分のスペースに入り込んだまま。
だから、ドラマーなんてやってるのかもしれない、俺の、舞台は一つ。
「ケンちゃんさ。ギターって、弾いててどんな感じ?」
おもむろに尋ねてみた。
単なる会話のきっかけとかじゃない、
本当にそう思ってたんで聞いてみたんだ。
「あー、そうやな、って、ユッキーかて弾けん訳やないやろ?」
「んー、そうだね。でもケンちゃんはどんな気分で弾いてる?」
「そうやなぁ…なんか、こう、どっかさらってくれるアイテム〜
 …みたいな、そんな感じやな」
其れはギターそのものの話でしょ。
弾いてて、どう感じるの?って聞いたんだけどなぁ。
たまに、こうやって話が外れる。
ケンちゃんらしいと言えばらしいのかもしれない。
「俺はねー、もう、アドレナリンの分泌激しくなるから、もう、
 ベースは俺のドーピング剤みたいなもん。
 もう、弾いてるとビンビンやで」
テッちゃんがそう言った。
聞いてないのに。ちょっと苦笑する。これもテッちゃんらしいところ。
ハイドはと言うと、ケンちゃんが置いといたギターなんかいじくりまわしてる。
これもハイドらしいと言えばハイドらしい。
俺は、俺のスペースに座ったまんま、出ようとしない。
これは俺らしいところ。そんで譲れないところ。
「んじゃ、ゆっき、ドラム叩いててどんな気分や?」
おおっと、そう来たか。答えは用意してなかったから、ちょっと考える。
ケンちゃんは、楽しげーに俺の答えを待ってる。
こんな言葉の雰囲気を楽しむのも、ケンちゃんらしさ。
人によって、同じ感覚でも違う表現をする、それが面白いのだそうだ。

鳥が、泣いている。

「そうだね〜、俺は、もう、自分の場所だからね。
 叩いてると、すべてを否定できそうな、そんな気分になる」
「そーなんー?なんや非建設的な意見やなぁ」
テッちゃんを見たら、お菓子なんか食べてた。
ケンちゃんは、俺のほうをじっと見たまま、そのまま話をしてる。
「そうかな?ドラマーってのは攻撃的だから、
 破壊的な部分とか持ってる性格の持ち主が多いかもしれないじゃない?」
「おー、それはそれでなんやカッコエエけどなぁ。機材壊さんといてや〜?」
そう言ってケンちゃんが笑う。その声を聞いて、ハイドとテッちゃんも笑う。
ケンちゃんの笑い方が、一番好きだ。
え?
一番好きだ。って、俺、何よ。
俺は俺、ケンちゃんはケンちゃんだろ。そう、自分に言ってみる。
そこ部分で引っかかった自分に、
逆に、引っかかること自体が間違ってたんだって、
言い聞かせてみた。

鳴声が、遠くなる。

「そんじゃケンちゃんはギターやってる人のことはどんな人だと思う?」

そして、また鳴声が近くなる。鳥が鳴く。鳴く。泣く。

「どんなって、なんや?」
「ドラマーが破壊的な人だとしたら…」
「そうやな〜…ん〜。ド、ドラマティック?」
「なんだよそれ〜、それは性格じゃないでしょ」
ぽりぽりウンウン。
テッちゃんがしきりに頷く。
ちなみに、ぽりぽりってのはお菓子食べてる音。
おもむろにハイドが顔を上げた。
「ユッキ、さっきからケンちゃん質問攻めやな」
「あ。そう?」
分かってたけどさ。ちょっと聞いてみたいことが沢山たまってたの。
そう言うことなの。
話がしたそうだから、話しかけてあげたの。
「そんなん、ハイド、当たり前やないかー」
「なんよ」
「ユッキーは、俺のこと大好きやもんね〜♪ね。」
ね、じゃない。
何が、ね、なんだよぅ。同意を求めないでってば。
「そーね」
それだけ言うと、
ほらなー、って、ケンちゃんがハイドに向かって胸を張った。
…。アホ。
その帰りに。
ハイドも、テッちゃんもどっかいっちゃって。
久々の海外レコだったからだと思うけど。
ケンちゃんもどっか行きそうだったんで、ちょっと声をかけた。

鳴声。また、耳に響き渡る、網膜から脳内に染み渡ってドーパミン。

「どっかいくの?」
「うん、そうやな、どっか飲みにいこかなって思ってん」
「誰と?」
「誰もおらん」
ふーん、そう言って顔をそらす。
なんでケンちゃんの予定なんか俺が気にしてんのかなーって。
だから、それが気になること自体、気にしすぎで、おかしいんだってば。
あーもう、あーもう。
「なんや、ゆっき。」
「ん?」
「俺に惚れたな?そうやろ!うわー、愛や!
 俺のこと気になってしかたないんやろ〜」
ニコニコ笑いながら、俺の頭をグリグリと撫でる。
あーもう!
なんで、そんなに簡単に俺のテリトリーに、踏み込んでくるの!
ドラムセットがないと、なんだか防御率が下がったみたいで、
どうもいまいち。
ドラムセットがあれば、これは簡単なことなのに。

そう、さえぎって逃避してあの鳴声から逃れることも不可能ではない


惚れたな。
そう言った。
言ったな。
俺は、なんだかもう、無茶苦茶になるよ。
知らないよ。
窮鼠猫を噛み殺すんだよ。咽元にくらいついて、捕食して溶かして
自分の血肉にして差し上げちゃうんだよ。

知らないよ。


咽赤が、泣いている。
早く来て、早く来て。探している。
大切なものは何処に行ってしまったのでしょう。
嗚呼、私の身体の半身を模索して捜索して引き剥がしてみたけれど…
嗚呼。

知らないよ。
そうして、ここで罠を張って。
そう、テッちゃんもハイドも来ないよ。いないよ。
探しても、駄目。
さぁ、さがして。
血の出るまで、血を吐いて咽元が真赤に染まるまで、鳴き続けて。
さがして。


鳴声。
俺の耳にこだまする。

「おーい、誰もおらんのか。いるんやろ。見えてるでー」

こだまする。鳴声。

「ゆっき?雰囲気的にはゆっきやな。」

こだまする。

「なんでなんも言わんの?寝とん?」

嗚呼、こだまして止まず。

「んー…寝とんならしゃあないなぁ…
 俺ほか行って寝よかな…どっか部屋あんかなー」

こだまして。止まらず…。

ぱたん。
トビラが閉じた。
そして、俺は取り残されて一人、鳴声を聞く。
やまず。
何故、止まない?
ケンちゃんは、俺を諦めたのに。

さがして。

「ケンちゃ…!」
飛び起きて、扉を開ける。
ゴン。と派手な音がして。
「い、イッタ。なんや、イターッ!」
おそるおそる扉をめくると、その裏っかわでケンちゃんがオデコ押さえてた。
「あ、ワリィ……」
「イッタイなー、って、あ、ヤバ、ゆっき、起こしちゃった?」
「んー。うん。そうね、うん。起こされちゃったかもしれないな」
「あー、ゴメ…」

起こされたかもしれませんね。
さがしてるものはどこにあったんでしょうか。
鳴声は、どこから聞こえていましたか。
内側から。
そっと、ついばむように、内側から呼び声がして。
俺を、呼んでる…
俺を?
俺、が。
俺が、呼んでる、鳴いている。泣いている。
血を吐くまで。血を吐いて。早く来て、早く、来て。

「起こされた。」
そう言いきって、ケンちゃんの頭をぺしっと叩く。
「悪かったってー。そんなに責めんなやぁ」
「起こされちゃった〜だからちょっと付き合って。」
「ん?うん?うん。」
二つ(以上だったような気もするけど)返事で、俺について来てくれる。
来てくれた?
鳴声は届いた?
探しても見つからないはず。だって、待っていたのは俺だったんだもの。
待っているだけじゃ、見つからない。よくある台詞。
その本当の意味をはじめて噛み締めて。
そんだから、今日見つけた大事なもんをケンちゃんにわけてあげる。

鳴声は止んで。
血を吐くのはもう、どこの誰やら。

「ここ、なんかイイと思うんだけど」
そう言って俺が展開して見せたのは、小さな、本当に小さな窓。
そこから、そっと外を覗きこむ。
逆に覗かれるようなはずの小さな窓から、そのまた逆に覗きこむ。
街を、覗きこむ。
綺麗だろ。俺が見つけたんだもん、
内緒にしとこうと思って、唾つけといたんだけど、
ケンちゃんにちょっとだけ、あげる。

「惚れてんのはホントだよ」
ずっと前の答えを、そこで、呟く。
聞こえてるのか聞こえてないのか。
「うっわー、すっごー!こんな小さな窓やで、
 なんでこんなにでっかい街が見えるん?!」
しきりに感動の文句を並べ立てる。
子供みたいに。
俺だって、覗いて、同じようにはしゃいじゃって。
もう、馬鹿みたいに、そりゃもう、人間なげうって恥のカキステ状態で。

「俺もや」

そんだけケンちゃんが言って。
え?って、俺が聞き返そうとしたら、あ、アレ何や!?!だって。
なんだよぅ。
声も気になったけど、アレも気になったんで覗いてみる。
ゴチ。
ケンちゃんが、俺の頭を後ろから小突いた。
窓ガラスにぶち当たる。
「な、なにすんだよぉー!!」
「さっきのお返しや〜♪オデコこない腫れてんねんで」
そう言って髪をかきあげて見せる。
え?どこどこ?わかんねーよ、ちょっと見せて。
そう言うと、ケンちゃんがちょっと屈んだ。

ちょん、と唇に指を当てる。
ケンちゃんが、唇に当てられた俺の指を見てる。
おとなしく、そのまんま見てる。
その指を、そのまんま、俺の口に持って来て。
「間接ッ!」
「う、うわー!間接やー懐かしいーッ!ってなにすんねん阿呆。」
ゴチ。
俺の頭に、2個のこぶが出来た。
まあしょうがないかなーって、だって、まぁ、騙したの俺だし。
この一つ分の借りのコブは、
またドアでもぶつけてあげるから、期待して待ってて。
二人でニヤニヤしながら、部屋に戻る。

テッちゃんとハイドがしたり顔でそこに座ってた。

「なに?ランデブー?」
テッちゃんがそう言って、にやりと笑う。
「仲直り?」
そう言って、ハイドが笑う。
「え?え?って、喧嘩してる様に見えたん?」
ケンちゃんが、ハイドに向かって、驚いて、本当に驚いて、そう言ってた。
んー、まぁ、どうなんかな…
ハイドって、こう言うとき、ちょっと鋭いなって思う。
仲直り。
確かに…
ケンちゃん。
喧嘩しなくても、仲直りは出来るんだよ。


今度は、指じゃなくってダイレクトにいくからね。いや、ほんと。
向こう側にハイドが見えなかったら、今日だってやってたって。
向こう側に、いなかったらなぁ…


鳴声は止みました。
ノドアカは、俺の中で黙りこんで、幸せそうに、じっとしてます。


どこにいるの?私の愛の集合体。
ここにいたの。私の半身。



いやー…まさか、ここだと思わなかったよ、
ねー。ケンちゃん。

ショウセツTOP