★蟹★

イイもん見せたる!

kenちゃんが嬉しそうにそう言って、マンションの前まで俺を引っ張ってくる。
レコーディングの関係で、近場に取った宿泊施設。
ホテルを取った筈なのに、
kenちゃんは何故かそのすぐ近くのマンスリーマンションを独自で借りてた。
一人でいるのが、好きな人だもんね。
俺だって、一人でいるほうが好きだよ。
みんなといるのは楽しいけどね、
やっぱり一息つけるのは仲間とより、一人の空間だよね。
そのkenちゃんのだいじーなヒトツの空間に、
俺はご招待して頂きました。って訳。
嬉しい反面、邪魔しちゃうような気もするけど。
kenちゃんがイイって言ってんだから、イイんだよね、と自分に言い聞かせる。

三階の一番奥の部屋。
マンションはヒト部屋が2階建てになっていて、
一人で住むにはちょっと広すぎる感じもするトコロ。
随分と贅沢な場所だね。

部屋の鍵を開けて、ほらほら、と中に招き入れてくれる。
おじゃましまーす、なんて、子供みたいに大きな声だしてきちんと挨拶して。
kenちゃんも、友達のママみたいに「どうぞー」なんて言ってくれて。
奥の部屋に通されて。お茶を出されて。

「んで?見せたいもんて、何?」
「これや!」

と、kenちゃんが持ってきたのは、小さな瓶。
口幅の広い瓶の中に、水が入っている。
その中にプカプカと浮いているようにたゆたっているのは…

「虫?」

小さなピンク色と茶色の中間の物体が、揺れた水に揺られてゆらゆらしてる。

「ちゃうちゃう、よく見て見いな!これ、蟹や」
「うっそ!あ、ほ、本当だ…爪がある…」
「こないだ、岩魚を買うたんや。焼いて食お、思てな」
「ふーん?岩魚?川魚だよね…って、え?もしかして…」
「そう!腹ん中におったんや、この蟹!」

すっごー----く自慢げに。
俺に向かってその蟹を差し出す。
良く見ると、動いて…え?生き、てるの?

「うん、生きてんねん。取れたての岩魚、
 生きてるヤツ買ってな…泥臭いから川魚の調理はむずかしいんや。」

それから5分くらい、kenちゃんの川魚講座。
はいはい、内臓が臭いから、取れってコトなのね?
え?皮もくさい?んじゃ臭い所だらけじゃない。何でそんな魚食べるの。
え?つまみ?
あははははは。

「笑うなや〜美味いんやで。今度食わしたるからな、そんでなぁ。」
「さばいて見たら中にいたんだ?」
「そう。しかも生きとんねん、食いたてやねん。
 岩魚がな、この蟹を美味そうや〜と思って食うたんや、
 そんで食い意地が張ってた岩魚が
 もうヒトツ食おうと思って食うたら、それが釣り針…。」

嬉しいんだね、kenちゃん。すっごい饒舌。
そんなに、嬉しい?この蟹が生きてたのが。
俺だってさ、驚いたけど。
そんなキラキラした目で、蟹ばっかり見ないでよ。
俺がすねはじめてるの、気がつかない?
蟹の話ばっかり。岩魚の話ばっかり。
俺がついて行ける範囲を、そろそろ通り越してるよ。
会社から帰ってきて、
仕事の話しかしないお父さんが人気が無いのと一緒だよ。


蟹、可愛いんだよね、kenちゃん。
俺、この蟹、別に見てもどうとも思わなくなってきたよ。
生きてるのにね、助かったのにね。なんで素直に喜んであげられないんだろう。
素直に喜べるkenちゃんが羨ましくて。
自分は、無感動なのかな。
映画見ても、kenちゃんは、すぐ泣くよね。
見せないように隠れてるけど。知ってるよ。
俺はいつも泣かないんだよね、
ああ、ここは泣かせる場面だなって、思うんだけど。
思うだけで、感動できない、もっと感動できたら映画もおもしろいんだろうね。
こんな感覚で、よく音楽をやって行けると思うよ。
ダイインクライズの時も、そうだったなぁ…
みんな感傷的でさ、俺だけ。俺だけ、カッコ良さ追っかけてさ。
俺、まだそんなもの追いかけてるのかな。
せっかくラルクのメンバーに、kenちゃんの仲間になれたのに。
あの切ないギターのバックリズムとしてやって行ってイイよ、って、
天に許されたのに。
俺だって楽しいコトは大好き、楽しければ笑うよ。
でも、どこかに冷静な自分がいて…いつも見つめてるんだ。
馬鹿じゃない?お前、って言ってくるんだ。

…こんな物の、どこが楽しいの?

「ゆっき、蟹苦手やった?」
急須からコポコポと茶を注ぎながら、俺に向かって小首をかしげる。
ううん、
首を振って、微笑む。

…そんな物の、どこが感動的なの?

…黙れ。

蟹が、カサリと動いた。
冷蔵庫から、しらす干しを出してきたkenちゃんが、それをお湯にくべてる。
ゴハンの時間?
蟹と一緒に、住むの?
蟹が、大事?
この蟹は、どうしてここに、いるの?
なんでそんなにすんなりkenちゃんに受け入れてもらえたの?
感動、させたから?
感動できない人間が、人を感動させられるわけが、ないよね。
俺はkenちゃんにこんな気持ち、味あわせてあげられないね。

…蟹に嫉妬?馬鹿じゃねぇの?

…黙れ!

お湯に浸かって膨らんだ「しらす」の上に、
小さな小さな、ゴハン粒位の蟹がよじ登る。
多分、食べてるんだ。しきりに爪を動かして、
口にあたる部分に一生懸命運んでる。
kenちゃんが、嬉しそうにそれを見てる。

…いつ死ぬかな。

…黙れ、黙れ…!!!

…死ぬのは……多分、すぐだ。

…わかってるから、黙れ。

kenちゃんがいない隙に、つっついてやろうかと思った。
でも、壊れそうで…
そしたら、kenちゃん、俺のコト嫌いになるから。
だから、それだけの理由、で、俺は蟹を突っついたりしなかった。
自分が、嫌いになった。

無感動で。
蟹を苛めたくなるような感覚の持ち主で。
嫌われたく無いから、何も出来ない?
死ねばイイ、なんて思った自分が。

大嫌いで、
大嫌いで。
逃げたくて。
kenちゃんの笑顔に、酷く罪悪感を覚えた。
そんなステキな笑顔に、罪悪感を、覚えた。





次の日。
kenちゃんが、遅刻してきた。
花もって。
優しそうな笑いを浮かべて、俺達の前に、立ってた。

「kenちゃん?どないしたん…?花持って…」

テッちゃんが、何事かに気づいたらしくて。
何も知らないくせに、気がつくなんて、
テッちゃんとkenちゃんは、本当に昔からの仲なんだね。
hydeは何も言わなかった。
俺は、なにも言えなかった。

「花、置けんかった…怖くて」
「そっか、置けなかったんか」
「うん、置けんかった。置いたら可哀相な気がして置けんかった…」

ただただそう言って、kenちゃんが寂しそうに微笑む。

……花…?なんで、花、置けなかった?花…?

…蟹…。

まさか。
ソファに座って、花をじっと見てるケンちゃんの足元に、俺は座りこんだ。
どうしてイイかわからなくなった、けど、とにかく謝りたくて。
俺が、多分俺があんなこと思ったから、俺のせいだ…!

「ゆっき?どうし……」
「俺…俺が…!俺が、死んだら、イイなんて思ったから、だから…」
「…なん、ゆっき…」
「蟹…死んだらイイって…俺、思った、
 俺が悪いんだ、kenちゃん、ごめん、ゴメン…」
「……蟹?」

うん、死んじゃったんでしょ、ごめん…俺が…

死んどらんで

え?

「死んでないって。なん、死んだらエエと思ってたん?残酷、ゆっき最悪」

kenちゃんの表情が一変して。
俺を、強く睨んだ。
死んで、ないの?

「死んで、ない?良かった…死んでないんだ?良かった…
 俺もうぜったいあんなこと思わないから…」
「でも、思ったんやろ?最低や。命なんだと思ってんね」

hydeが黙っている。
テッちゃんが、俺をじっと見ている。
kenちゃんの冷たい目。
これが、罪に対する罰なのかも、しれない。

「ごめん…なさい…」

反省よりも。
寂しくて、怖くて、涙が、落ちた。
正座した膝についた手のひらに、ぽつん、ぽつん。
謝っても謝っても、多分俺は許されないね…

「許したれや」

声。
顔を上げると、kenちゃんの前に立ちはだかるhydeの姿。

「なんで」
「わからんのか。ならお前阿呆や」
「なん…口が過ぎるんとちゃうか…?オイ?」
「過ぎないね。俺かて思た、死んだらエエ、ってな」
「俺もそうだよ。kenちゃん。」

kenちゃんの隣に座ったテッちゃんの声。
え?
どう言う…
kenちゃんが立ちあがった。酷く悲しそうな顔で。
置いてきぼりにされた子供みたいな顔で。

「お前等、俺が見せた蟹がそんなに憎いんか!
 なんや、蟹はなんもしとらんやないか!なんでそんなに嫌うねん!
 可哀相やないか!なんで殺したがるねん、
 自分が死ね言われたらどんな気分や!」
「kenちゃんが、自分等無視して可愛がるからや!」
「な…」

hydeが、kenちゃんの前に立ちはだかった。
ああ、なんで、なんでこんな事になったの?!
みんな、俺のせいだ…

「俺等、相ッ当、無視やろ?なんよ、蟹見てばっかで、俺等見んで。
 そんなに嬉しいなら蟹と住んだらエエやろ!
 なんや、俺が嫉妬したらアカンのか。
 人はな、突然衝動的な感情に囚われるコトがあんねん!
 それ一生懸命押さえて俺等は生きとるんや!
 なるべく、自分が残酷にならんように、一生懸命隠すんや!」
「hyde…?」
「そうやろ!?それが隠しきれなかったことになんでそんなに怒るんや!
 蟹が大切なのはわかっとる、命やもん、わかっとる!だけどな…!阿呆!」
「何が、阿呆や!だからって言ってイイ事と悪い事があるやろ!
 心にしまって言わない方がエエこともあるやろ!」

「ごめんなさい…俺が、思ったから…
 それを言ったのが…元凶なんだ、ごめん…ゴメン…」

俺の一言で。
静まり返った。
ポツリ、とkenちゃんの小さな呟き。

「蟹…捨てるわ」
「だ、駄目!捨てるなら俺が育てるから…」
「……」

kenちゃんが俺をじっと見て。

そのまま床を見て。

もう1度俺を見て。

ふぅ、と溜め息をついた。

「hyde、テッちゃん、ゆっき。」

「ん?」
「なん?」
「どうしたの?」

「わかったで。そっか、本気でも思ったんと違うな、こりゃ」

な、何が分かったの?
kenちゃんは、困ったように笑って、
hydeにペコリと頭を下げて、理解したで、と一言。
hydeはhydeで、そっか、って、ニヤリとして。
テッちゃんはもうお菓子つまんでた。
な、なんで?
何がなんでこうなって、突然収まってるわけ?

「あの…kenちゃ…」
「エエねん、わかったから。蟹、ゆっきにはやらん。
 俺が育てる。嫉妬はするよりされる方が楽や」

そう言ったkenちゃんが、ペタンと座ったままの俺の頭をグリグリと撫でた。

「な、なんで撫でるんだよ〜!」
「カワエエなぁ〜ゆっき。蟹は俺のもんやで〜へっへっへ」

も、もぅ!
俺、からかわれてる!
でも、kenちゃん、笑った。
良かった。
蟹も生きてたし、笑った。
hydeが、俺の耳元で、ええんや、正常や、と言ってkenちゃんみたいに笑った。
嫉妬、される方が楽?
って…あ。
俺の、気持ち、もしかして…理解されたって事!?
…ちぇッ。言うじゃない、kenちゃん。
イイよ、わかったよーだ。
見てろよ。見てろよ〜。俺も、嫉妬させてやるから、もう、見てろよ〜もオ…





ガサガサ動く水の入ったポリ袋。
kenちゃん家のチャイム。
押して。
顔出したkenちゃんに一言。


「俺、魚さばけなかったよ!さばいて!」


帰りに買ったぴちぴちの岩魚を持って。
家に帰ってまな板に置いてみて、
首ひねって考えたあと、そのままココにまっしぐら。
普通の顔しようと思うのに、勝手に唇が突き出る。
俺の顔見て、にが笑いのkenちゃん。

笑うな、よ〜。




蟹、出てきたら頂戴ね?
俺が!飼うから。


■コメント
ケンちゃんが持ってた花の理由がまだ明かされていないので、
続きをまた後で書くと思います〜。

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