★老楼ノ挿シ木★
雪の体ではらはらと。
老楼の下でたたずみ、一ト刻。
ちょろちょろと走りまわり、ほうほうの体で逃げ出して
ふと辿り着いたのがこの大樹の下。
不粋な鉄筋が建ち並ぶ町を遠く見て其処に一人。
ああ、また来てしまったな、と野良猫が見上げてぽつねん。
「やっぱ…落ちつく…なァ」
年輪の見えない幹にもたれ掛かってその齢を数え。
「もう、ココに何年…何十年…ここにあるんだろう…」
もたれた身体が安らぐのを感じて。
ああ。また、俺はココで吸収されて行くのを待つだけ。

「牡丹」

己(おれ)の名を呼んだのは誰?

母の声に似た其を追ってちょいと目を開ける。
吹雪くとは名ばかりの、柔らかい、幾ひらの雨に包まれて。

「牡丹。ボタン?」

「……?」

雨の向こうに一人の影。

「…マミー?さん?」
「おう。」

変わらぬ声が頭を掻きながら寄って来る。

「何考ェてんだ?」
「なァんにも」
「だろうな、顔が呆けてやがる」

今にも泥を跳ねさせてヤゴを追いそうなそんな笑顔に憧れて。
ついと伸ばしたのは其を求めた指の先。

「桜が、好きだなお前は」
「いいえ、この桜が好きなんです」
「食われるなよ」

街じゃ言葉伝いの人食い桜。
神隠しだとか、誘拐だとか。
子供が消えてからそう言う名がついて、
あまり立ち寄る者のない、未だ放置の伝説桜。
どうせなら消してくれとも思いたい、
そんな己がすがりつくのがこの人食い桜。
己は嫌われてその口に放り込んでは戴けないようで。
マミーさんがその幹を触る。
「でっけぇなぁ。化け物がでそうじゃねぇ?」
「出ますよ、多分」
「ウソつけ」
「食われちまいますよ、そんなことしてたら」
「お前だってしてたろうが」
「俺は…」

己は、いいんですョ。
そう、言いかけて。
目線に気をとられ。
その責めるような目に計らずとも顔が赤くなる。

「…お前は食われてもいいけど、俺は食われたら駄目なんかよ?」
「…まァそんなところで…」
「ふざけんじゃぁねぇぞ」
「ふざけてなんか居ませんよ」

もう1度幹を触ろうとするその手を、この己の手が掴んで。
もう触らせたりしませんよ。

「触らせろ」
「イヤですよ」
「んじゃお前も触るな」
「何故ですか?」
「不公平だ」

ムスッたれる頬に目に口に、思わず笑みが零れる。

「この桜、切られるんだとさ」
「…知ってますョ」
「そっか…」

待つ身を殺してあの人の後を追いましょうか?
憧れてばかりの貴方に自分を似せて追いかけましょうか。

「ボタンよォ。」
「ハイ」
「逃げるなよ」
「……」

それに直ぐに答えられる口がここに今無かったのは
仕方の無い事なのでしょうか?
己がここに居るのは何故なのか、其を問われたような気がして。
微かに見上げた桜に視界を隠され、目を伏せる。
春やも、しれんのぉ。

「お前が俺についてきてるのは、俺が怖いからか?」
「…馬鹿言っちゃいけません」
「何度も聞いたけどな、たまに確認したくなる、
 コリャオメェがぼうっとしてるせいだ」
「はぁ。ぼぅッとしてますか俺。」
「続きも聞きてぇな」

桜から目を外して。
目にうつるものが貴方だけ、なんてそんな事はもう一切認めない。
ずっと追っていたのが貴方の力のお零れだなんて、
もう、認めない。己の視界は目にうつるすべてを捕らえるだろう。
其を桜に告げに来た。
其を貴方に告げに来た。

言い訳はもうやめようと、ねェ。

「憧れるからです、マミーさん。虎の威なんか借りるツモリはねぇですよ」
「憧れ?男が男にか?」
「あんたなら、俺のイイ遊び相手になれそうな気がしたから、
 俺が其処まで行けばイイ、それだけ。」
「意味がわからねぇよ。わかりずらく言ってねぇか?わざと。」
「…そう、ですねェ…」

風がぴうと吹いて。
まさに吹雪きが身を隠す。
ああ、食われたか。
貴方も己も食われたか。
そう思いが巡った刹那、己の腕は貴方の身体を捕らえて。

「なんだ?」
「食われやしませんよ…アンタにも桜にも」

桜がふるりと震えて笑う。
雪桜。乱れ桜。ああ、己を染めて散ればイイ、彼の人食い桜。


己の身体ごと、すべて切り倒して、始めれば、イイ。
己の身体に幾つもの挿し木をして、また散り急げばイイ。
さぁ、これで御仕舞い。幕を引いてそしてその手綱を切ろう。

「お覚悟は?」
「イイ度胸だ」

じゃれる野良猫駆け下りて街へ。
振り向かない、振り向くな。
あの桜をまた俺に挿そう。
また俺に挿そう。
チリリンと鳴らした鈴は飼い猫の証ではなくて只の装飾品(アクセサリ)。
さぁ、其を鳴らして彼の地へ行こう。


■追記■
ボタンって、マミーをどう見てるのかなって思ったんです。
強いから怖いから、支配されるから?うーん、違うな。
元々は『虎の威を借るキツネ』状態だったんではないか?
と踏みまして、それから脱する男らしいボタンでも書こうかと(苦笑
実はこれ書くとき、何も考えてなくて、
とにかく出だしの1行を書いて、
其処から行き当たりばったりで書きました。
それこそ「お覚悟ッ!」ですね;