★海の時計と魚の呟き★
時計の針が、止められたら、なァ…って、思うことがあるだろう?


ファミリーが溜まり場にしている倉庫街に、たまに落ちてる廃棄物。
どこの誰だかわからないけれども、捨てて行くやつは後をたたないねェ。
なんでも捨てて行くさ。
冷蔵庫、車、雑誌、紙くずの山、
果ては家の残骸のようなもの、
ネズミの死骸、ビニールのくず、心、人形、鉄くず。

マミーさんは?

修学旅行だとさ

……トニーは…?

しらねぇよ、施設の用事じゃねぇの?

倉庫の入り口で中に座ってた勝也さんに言葉をかけて。
ふぅん。
二人欠けただけで、まるで廃墟みたいになったなぁ、と。
心持いつもより高く感じる倉庫の壁に手を当ててみると、想像以上に冷たかった。
コンクリート。
捨てられているのは、この倉庫街すべてなのかもしれない。
ココに集まった俺達は、もしかしたら単なる廃棄物の一部で。
いつしかこの廃棄物と一緒に腐りきって行けるのだろうか、
それとも朽ち果てずに醜態を曝しつづけるのか。

くだらない、そう、マミーさんがいなければくだらない集団だなと思う。
つまらない。
俺に声をかけてきたヤツラに、笑顔も向けたくねぇよ。
ボタンさん、ボタンさんってよ。
お前の顔なんかしらねぇよ。
くだらねぇ。
俺がココにいること自体がくだらねェ。
楽しいのに。
楽しいと思えるのに、なんで今日はこんなに寂しい?
マミーさんがいないから?こんなにも、ココは寂びれた町だった?
違う。
マミーさんがいても、多分俺は笑っていないだろう。
わかってる。
この時計が、動かないから。


倉庫街の一角、奥のほうの路地で見つけた単なる柱時計。
アンティーク調のモノだけれども、コレはレプリカとかじゃない、
本物のアンティーク、いわば年代モノ。
ねじまき式の時計。
時計の部分と振り子の部分とにわかれていて、其処にガラスが嵌めてある。
ガラスは扉のようになっていて、開閉が可能だった。
キィ、と
かすかな音を立てて、二本の針を現代の空気にさらす。
指をかけて、動かそうとして、ためらい。
動かせない、俺には、勇気が無い。
針の横に二つの穴がある。ココに鍵を挿しこんで回すと時計が動く仕組みらしい。
そっと、とびらを閉じた。
下の振り子の扉を開ける。
振り子を指でちょいと弾くと、フラフラと揺れてすぐに止まった。

置き去りの時間。

ふいに、ここから帰りたくなくなる。

誰もいない路地裏。
壁にもたれて、拾った時計を抱きしめる。
動くな、動くな。

なんで、こんなに寂しいんだろう。
この時計を離せば、いつもの俺に戻れる?
なんで俺はこの時計を離せない?
置いて行かれた時計。置いて行かれた時。そして動けない時と俺と倉庫街。
勝也さんは、今生きているんだろうか。
くだらない疑問がわく。
生きているに決まっているのに、突然そう思った。
もしかしたら、全部止まってしまったのではないかと、不安になって。
時計の針が止まっているのを確認する。
もしかしたら。

もしかしたら、止まってしまったのは時計の針だけじゃないのかもしれない。

それを抱いたまま、静けさに満ちるあたりを見まわす。

誰もいない、なにも音がしない。

恐る恐る壁を触る。その手に触れた冷たい感触。冷たいと感じると言うコトは、俺は生きているんだよな?ここは、倉庫街で。俺はここに、動いてる。だから、俺の時は止まって…ない…と思う。勝也さんは?みんなは?足が竦んで動けない。なにかが起きているようなイヤな予感。音が聞こえない、イヤ、俺が聞いていないだけ。向こうの方から聞こえる音があるのをさっきから俺はずっと知っている。雄叫びと、鈍い音と、ガラスを叩き割る音に悲鳴。聞こえない。この場所に魅了された?時計に狂わされた?俺は動けない。この時計が動くまで動けない…?
助けて…
ここに、いたくない。こんな寒くて寂しい場所にいたくない。
勝也さん、助けて。
ここに来て、俺をここから引き剥がして連れて帰って。
勝也さん…
今俺がすがるのは貴方しかいない。
マミーさんはいないから。貴方にすがるしか、ない。
怖い。
自分が、ここにいられるかどうかも怖い。
何故?何故…???


わかってる。

逃げたいんだ。

痛くなりたくない。

あの悲鳴を共に吐き出したくはない。

殴られる痛みが怖い。

殴るだけなら、簡単なのに。悲鳴を上げさせるだけなら簡単なのに。

時計が、俺の手の中で冷たく死んでいる。
俺はその死体を抱いたまま、ここに立ち尽くしている。
ここは、寒い。
助けて。

遠くから、呼ぶ声。

俺を、呼び…ました…か?


ここから、引きずり出して…。寒い、ここは、寒い…


□海の時計と魚の呟き・2

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