さて、と一息ついて。
こないだ発表した論文はまずまずの反応、
まァあんなもの、批判買うために書いてるようなものだがね。
批判されないような影響力のないものなんか書いたってしょうが無いだろう。
人は何かを否定する為に生きているのだよ。あー、言っとくが極論だよ。
逆を返せば肯定する為に生きているのだからね。
分かるかな?
肯定すると言う事は否定する事の上に成り立つものだからね。
ほら、私のこの考えに意見したくなっただろう。
コレが精神操作と言うものだよ。

私の考え、意見などはまず、無意味だからねぇ。
分かるかな?
私や他人の意見を聞く前に自分の意見を言いたまえよ。

人に聞いた知識がなんの役に立つものか。

あー。言っとくけどこれも極論だからね。
逃げているわけでは無いよ。
おいおい、疑うのかい?困った子だなー。

殴られると痛いんだよ

と言われて納得するのと、

実際に殴られた時の痛み

が、
同じだと思うなら別だがね。


っと、今はこんな事より、目先のコトが優先だ。
さて、いい加減時間も昼を過ぎただろうし。
たまには珍しく昼食でも取るとしようかな、と思っていたんだよ。
いつもは取らないからね。忘れてて。


助手のオルゼ君に、この医院から三軒先のパン屋でコロネを買ってきてもらってあるんだ。
コロネは、チョココロネと、あとカスタードコロネが美味しいね。
…私の趣味だ、このあたりは譲歩しないぞ。
他のトコロも譲歩するツモリはないがね、ははは。
あー、牛乳とコロネが美味い…
いったいこのコロネというのはどっちが上でどっちが下なのか考えたコトがあるかい?

「何言ってんですかレイナ先生…」

今私が食事中だと言うのに不躾に話し掛けてきたのはある意味有能な助手のオルゼ君。
昼食をまかせると美味いものを買って来てくれる。
それ以外は使えないとは言わないが使いたくない。

「何か言いました?」

オルゼ君は私の独り言がヤケに気になるらしい。
聞こえないけど喋っているらしい言葉というのは
時に自分の悪口だと思いまれるコトがあるね。
実際今のはワルクチだけどね。

「オルゼ君、君はコロネについて考えたコトが?」
「いやー、ないですねぇ」
「ないかい?」
「ないですねー。あ、中身がトコロテンだったら気持ち悪いかなとかその程度です」
「……」

トコロテン…
一旦口元から、コロネを離してみた。
気分が悪いから、今度トコロテンを詰めたコロネにチョコレートで蓋をして
オルゼ君に食べさせてみよう。

ぴんぽーん。

「客ですよ先生」
「そうだな」
「出ないんですか?」
「君が出ればイイだろ」
「なんで僕が出るんですか?」
「私が面倒だから、それ以外理由はこれっぽっちもない」

オルゼ君が私の言葉にすごすごと背を向けて客を応対しに行った。
ちなみにココには看護婦がいる筈なのだが、恐らく昼食の最中か、
あとは想像するだに、もう帰る時間になっているか。
今何時だ?
腕時計を見ると…8時だ、帰ったのが妥当な見方だな。
看護婦の話はまたあとでしてやろう。

おっと?

8時だというコトは、もう病院も閉める時刻、と言うか閉まっている時刻だぞ。
こんな時間に客、普通は患者と言うらしいな、が来るとは。

「先生、どうします?」

オルゼ君の意味不明な言葉。
なにを言いたいのか私は察しが付くがね。
普通かね?うーん。ならば君も天才だという事かな。

「連れて来たまえ、それで君は部屋から出て」

コロネをテーブルの上に転がして。
恐らく、売っている状態の、あの天井にあたるツヤツヤの部分。
あの辺りが上なんだろうな、とコロネについて解釈を下した。
トビラの音が背後でしたので、向き直ると、男がたっていた。

「君が患者かね?」
「それ以外なんに見える」
「人間である事は間違いないようだがあとは調べてみないと分からんね」
「頼りない医者だな、ココは心療内科だろ?」
「心療に外科があるかどうか知りたいものだがね、そう言う事になっているよ」
「…治せるか?」

おもむろに言うね。この男も。
知らないよそんなもん、と言いかけて。
客だと言うことに今更気づいて椅子をすすめる。

「まぁ座りたまえよ」
「いや、いい」
「なぜだね?大臀筋が炎症でも起こしているとか」
「あのなあ、殺すぞ?」
「殺しは犯罪だよ。」
「殺しは仕事だよ」
「あ、そう」

なに?
仕事?

「仕事?」
「そう、俺は殺し屋だからな」

ちょっと待て。

「殺される覚えは無いぞ。」
「ウソつけ。誰にだって…」
「いや、全く覚えがない。人が人を殺す時にあるのは恨みでは無く単なる衝動だ」

ふいに、男は私の前の椅子に腰掛けた。

「座らないんじゃなかったのかね」
「衝動なんだよな。いい事言いやがるねアンタ。」
「そうかね。当然の事だと思っていたが」
「その衝動は押さえられるものか?」

無理では無いな。
脳軟化を起こして衝動が起きなくなったりすればあるいは、
いや、そうでなくても、常に頭痛薬を飲んでいれば感覚の麻痺状態が続くから、
そういう気も起きなくなるかも知れんな、
副作用については責任を持たないが。
頭痛薬は続けていればいずれ脳軟化の引鉄になるが。

「どうなんだよ。」
「君は殺し屋かね?」
「ああ。本当だ。だがあんたを殺しに来たんじゃない、患者だぜ」
「殺し屋とはまた、時代錯誤も良いところだ」

ムッと男が表情を変えた。
だろうな、自分のスタンスを馬鹿にされれば誰でも腹が立つ。

「アンタ本当に精神科の医者か!?」
「うん」
「うん。じゃねぇ!あーもう腹が立つ!患者にストレスためさせてどうすんだマジで殺すぞ!」
「元気になったねぇ」

に、と笑ってやると、男は自分のしたことに照れたのか、もう一度椅子に座りなおした。
ココでちょっと男を観察してみよう。
男は、そうだな、30前後。年齢の事だぞ。背じゃぁない。
背たけは178位…髪の毛はボサボサ、多分パーマらしきものを掛けていてわざとボサボサにしているね。
流行を追ったのか、なにかに憧れてなのか知らんが、
現状に不満があるからこう言う事をする。
顔はいわゆる優男タイプとは違うようだね。
サングラスを掛けっぱなしで失礼なのは殺し屋だからと言うスタンスなのかな。
殺し屋を演じてるようにも見えるね。
しかし、それが演技で無い事は体つきで想像がつく。
広めの肩幅に、厚い筋肉が覆うようについている。
性格は大雑把、髪や服装から見て間違いない。

「おい」
「なんだね」
「なんか言えよ」
「なにを言って欲しい?」
「アンタ先生だろ?」
「だからなんだね?」
「診察とかよ、しねぇのかよ!!」

あ、また怒った。
本当に怒りやすいタイプだな…

「だって君はなんでココに来たのか私に教えてくれ無いじゃないか」
「…あのなぁー」
「なんだい?」

ニコ。

「…本当に精神科医だろうな?」
「だよ。」
「俺の性癖を止められるか?」
「止めるよ。なんだい」
「殺し」

とりあえず、コレはカルテにしたほうがイイのかね。
はじめて見るケースだ、面白いかも知れんな…
いいだろう、見てあげようじゃないか。
そう言うと、男は安心したように笑った。
名前を聞くと、「シラ」と答えた。偽名だろう。

どうみても、普通の男にしか見えないんだがね。
とりあえず一遍とおりではあるが軽い安定剤を渡しておいた、様子を見たい。
普通の男と見えたのは私の勘違い…だった事を知るのは、それから3週間後の事だった。