そりゃもう驚きましたよ。
レイナ先生に診察室を追い出されて、僕は少しの間その辺をうろうろしてました。
することがないので、窓に指でドラえもんらしきものを描いたり、
スリッパを並べ替えたりしていました。
診察室からの男の怒鳴り声、これはレイナ先生の診察では
良くあることなのであまり気にならなくなりました。
そもそも、ココは精神科ですから、怒鳴る、泣く、騒ぐ、突然嘔吐する、歌う、などは良くあることなんです。
レイナ先生はいつもそれを別になんてことない顔で見てるだけなんですけどね。
凄いなぁと思います。
患者の気持に左右されるようではプロとは言えませんからね。
僕なんか、患者さんが泣いてたら一緒に泣いちゃいそうでして。

でも、そう言う診察の終わった後のレイナ先生は、面白くなさそうな顔してるんですよね。
愛用のフラスコを水差し変わりにして、お茶を飲んで溜め息、とか。

やっぱり疲れるのかなぁ。と思ってたんですが。

ちょっと中の音聞いても良いですかね。

気になるんですよ−…僕を診察室から追い出すなんて。
さっき来た男、もう診察の時間は終わりましたよ、と言ったところで聞くタイプじゃなかったです。
ちょっとゴツイ人で、こんな人が精神病で、もし殺されたりしたら怖いなぁ、と思ったんで。ええ。
だから、レイナ先生のトコロへ一目散に連れていきました。




…勉強の一環ってのは、理由になりますでしょうか?


…そうだ、勉強の為です。

壁に耳を押し付けました。

…壁じゃなくて扉じゃないと聞こえないですね。スミマセン。


診察室のトビラに耳を押し付けて。
……


中の様子が微かに聞こえます。
あ、今のはレイナ先生の声ですね。
素晴らしい人です。人を小馬鹿にするクセがありますが、
これは自信の現れなんだと思います。カッコイイですねー。
男の声は思ったより、感情的ではないような気がしました。

そうそう、レイナ先生について少しお話しましょう。僕で良ければ。
そうですねー。肩までの金髪を前と横だけ手串で上にあげたような、髪型でして。
肌の色は白め。外に出ないんですよ。不健康ですよって言ってるんですが。それに銀縁の眼鏡。
噂によると伊達眼鏡だとか。でも似合うんでオッケーなんです。
いつも白衣、長いヤツですよ。それを着ていて、前をキチンと閉めています。
ちなみに僕の白衣は先生のお下がり。
…なでなで。
おっと、変態じゃありませんよ、でもお下がり貰えたのが嬉しくってつい…
尊敬してますから。

ちなみに僕は黒髪で、短髪です。
ちなみにクロブチ眼鏡です。
ちなみに度が入っています。
えーと、あとは、なんだろう、趣味は食べ歩きです。

「マジで殺すぞ!」

え?!
い、今のは男の声!
なんですと、ちょっと尋常じゃ無いですね!?
もっと聞いてみましょう…どんな人なんでしょう。
どんな病気なんでしょう。
僕はまだ駆け出しなんで、あまり自信がありませんが、怖い人ですね、それくらいかな、分かるのは。
少しの間小声での会話が続いて。
うーん、良く聞こえません。

「診察とかしねぇのかよ!」

うわ、また叫んだ。
やっぱり怖い人だ。
診察なら今してると思うんですけど。
だってココは診察室ですし。

少し、扉を開けて…
こっそり中を除き見ると、男と先生が向かい合って座っていました。
先生は眠たげな目に微かに眉を吊り上げるように笑っていました。
楽しそうですね、珍しいですあんな顔見るのは。ひさしぶりです。

「本当に精神科医だろうな?」
「だよ。」

そうですよ。

「俺の性癖をとめられるか?」
「止めるよ。なんだい」

そりゃレイナ先生に出来ないことはありませんよ。
男は、レイナ先生の言葉に、組んでいた腕をほどきました。
そして、一言。

「殺し」


…レイナ先生が楽しそうに笑いました。
…凄い人ですが、怖い人です…
殺し…
コロシ!?!??!
殺し、って、殺し!?!?
んじゃ、この人は人を殺しているってことですか?!
性癖って言うんだから、そうなんですよね?!
僕間違ってますか?
いや、多分間違ってませんよね、パニックしてますけど、多分。

…扉を閉めました。

僕は何も聞きませんでしたし、何も見ませんでした。本当に。
君も見てませんし、聞いてません。
忘れましょう。この診察が終わったら帰ってお風呂に入って、カップメン食べて寝ましょう。


男が僕に会釈して医院を出るまで、待合室の椅子でボンヤリしてました。
暗い待合室。
狭いその場所は、向かい合うようにベンチのような椅子があるだけ、テレビも何もない、雑誌がちょっとあるだけ。
怖いです。
ココも、あの人も、怖いです。
いやいや、カップメンが待っています。

「ああ、オルゼ君」

診察室から先生が顔を出しました。

「先生…い、今の…いや、もう終わりですか?」
「ああ。処方は私が出しておいたし、まぁ君は用済みだからお家にとっとと帰りたまえ。許す」
「はぁ…」

気の抜けた返事をして、僕が立ちあがると。
その背後から一言。

「今の患者、殺し屋だったよ、楽しみだねー」


だそうです…涙が出てきました本当に。