「んー、そんで君はどう思ってる?」 「は?」 あ、唐突過ぎたかね。 いやね、思うに、多分精神科をわざわざ選んでくる理由ってのは、 何か予想をつけているからだと思うんだよ。 あるだろう?病院に行って、 「風邪だと思うんですけど」 って、自己申告する患者。 そう言う風に、なにかしら自分の病状をある程度予想しているね、患者さんってのは。 「うつ病だと思うんですけど…」 …やっぱりねぇ。 そう感じてるんじゃないかと思ったよ。 「お母さんがそう言ったの?」 「はい」 「そりゃお母さんは君をうつ病にしたがってるみたいだね。残念でした、単なる不安症だよ」 音が残念そうにうつむいたのは、 やっぱり有名な病気の名前が欲しかったからなのかね。 そもそも不安症って言うのはうつ病に症状が似ているんだよね。 でも、別。 うつ病にも色々あって、自己申告型のうつ病ってのもあるんだよね。 うつ病だ、うつ病だ、と思いこんでうつ病になる。 なりたがりっての多いね、現代の精神は。 「ストレスの原因があるはずだよ、無論君の近くにね」 「ち、近く、ですか?」 「うん。一番近いのはお母さんだね。」 「…はい」 「それが原因かもね。君とも話をしたいが、今度お母さんとも話をさせてくれないか?」 「あ、は、はい」 不満そうな顔をしているね、田川は。 そりゃそうだろう、愛するお母さんがストレスの原因だなんて言われたら、気分が悪いだろうね。 籠のトリにしてその檻をせっせと作ってるお母さんが愛しいんだよねェ。 そう、籠から出された鳥は怖くてどこにもいけやしない。 羽根があっても意味がない。 どんなに遠くに飛べる羽根であろうとも。 飛べる羽根だと言う事すら、知らずに、檻の中で丸まっているのが君。 田川が、私を見ている。 「なんだね?」 「…夜は…さ、寒い、ですよね」 「…かもね」 何か、言い掛けているね。 その予兆だ。 しかし、田川は予想に反して、その先を続けようとはしなかった。 なにか、よほど意味のある事なのだろうか。 もしかしたら、無意味な事だから言わなかったのかね。 違うな。 本心を隠さなければ、キチガイと呼ばれる。 その煮え立つ感情を、見せてもらうのが、私の趣味であり、商売なんだがね… 処方を確認して、田川は診察室から出ていった。 「あ、田川君、3日位したら又来てくれないか」 そう言いながら待合室を覗くと、田川の母親がより沿う様についていた。 一見普通の母親。 「あらどうも先生、ウチの子がお世話になりまして」 愛想もいい。 それに笑みを投げ返す。 「この子ったらうつ病になっちゃって、 こんなトコロにお邪魔する事になりまして、 もう、手がかかって、いつまでも子供は子供ですねぇ」 「…そのようですね」 私のその言葉がどの意味でその母親に受け取られたのかは知らない。 私は 「いつまでも子供」 に対して、「そのようですね」と答えたのだが、 母親はうつ病だ、と言うことに関して肯定されたと思っているのだろう。 子離れの出来ない面倒見の良い母親。そんなイメージだね。 精神科と言うのは複雑な職業だと思わないかい? 本人を治してみたところで、また同じ事なんだよ。 本人の立つ状況が少しでも変わらなければ再発するだけさ…。 殺人鬼は、精神科に行って回復したと判を押されても、殺人鬼なのだよ。 満たされる物でないなら、ソレは必ず繰り返す。 立ち上がった母親が、バッグの中に、何かをぎゅっと押しこんだのが見えた。 「失礼、なんだい、ソレは」 「あら、単なる裁縫ですよ、おほほほほほ」 そのバッグからはみ出ていたのは、恐らく頭と手にあたる部分。 刺繍で縫われたその顔にフイに眩暈がした。 スリッパの音がして、母親と田川が病院を出ていく… …目の前がチラチラする。 …あの人形、私はどこへやった? …昨日の夜、誰かが落として行ったあの人形。 見覚えのあるその顔に、立ちくらみがして、開け放した扉に手を掛けて身体を支える。 身体が重い。 しまった… 「レイナ先生!?」 オルゼ君の声。 慌てて駆け寄る彼の足先が見えて、肩に手の感触、身の毛がよだつ。 オルゼ君の手の平が置かれた肩から、身体中が毒される。 田川。 人形。 母親。 マッチ。 …燃える…内臓。 「…っ、…離しな、さい」 「あ、スミマセン、でも!」 「…大丈夫だよ…大丈夫…」 「レイナ先生?」 「ハァ、ハァ…人形を…探さなくては…」 「せ、先生?」 よろめく足で立ち上がり、オルゼ君を突き飛ばした。 そのまま、奥の部屋へ歩く。 空気が重い。 何かが呼んでいる。 火が、見える、私の内臓を焼く火が。 …私は知っている。 田川は、今日にでもどこかに放火するだろう。 触れるべきではなかった、あの人形。 田川の分身。田川の精神の塊。 雪崩れこむ精神の中で、思わずむせ返った。 田川を…ユキノに渡さなければならない…。 |