元々私、レイナは、精神病院の医者だったのだよ。
ある病院に医者として勤務していたんだ。
今のように、個人で病院を持っていたりはしなかった。
ユキノはその時の同僚でね。
私の特性にずっと目をつけていた男だったよ。

私は、犯罪者に触れるとその衝動を共有する

精神病院と言うのは、精神病を扱うところ。
あたりまえ?いやいや、ちょっと聞きたまえよ。
精神病院と、神経科と、心療内科の違い。
多分そこが理解されてないだろうと思ってね。

私が心療内科に転向した理由。
異常者の犯罪よりも、正常者の犯罪の方が、多いからさ。
ユキノが私に持ちかけたんだ。
出資するから、病院をもたないか、とね。
ユキノは犯罪者を盲信している部分があってね。
何故か犯罪に美学を感じているらしい。
…美学がないとは、私も思う口ではないが…
ないと思える人間であった方が恐らくは、良いんだろうね。

ちなみにさっき言ったように、精神科は精神病。だね。
んじゃ神経科は?
神経科なら、想像がつくかな?
そう、実在する身体中の神経だね。
これの異常を治す場所だね。

そして、心療内科だね。
これは、1996年に国家で正式に認定され、作られた科でね。
心が疲れたりショックを受けたりした時に表れる身体の症状、
簡単に言うとストレスからの頭痛とかね、そんな感じの自律神経失調症とか。
パニック障害。これは突然襲ってくるパニック、これもまたストレスが引き鉄なんだよ。
このパニックと言うのは、突然襲ってくる不安や、吐き気などが中心だね。
逆のケースもある。
自己による身体的障害…要するに、怪我だね。
それがなかなか治らずに、痛みが続いたり、
苦痛が続いたりすると、それがストレスになり、うつ病などを併発する事がある。
こういった、いわば「現代病」ともいえる部類を属した物、それが心療内科なんだ。

殆どの犯罪は、精神異常者が起こす物ではないんだよね。

殆どの犯罪は

衝動なんだ。


殺人、放火、傷害。


殆どがね。


私は精神病よりも犯罪心理のほうが面白いと思った。ソレだけの事さ。





「防衛医科大学校精神科」
ユキノの属する病院さ。
無論私が働いていた病院でもある。
私は今その前に立っている。
幾分、患者みたいな気分だね。真っ正面から入るなんて。

「はろはろ」

受付の女の子に声をかけると、面白そうに笑われた。
おいおい、私は精神病の患者じゃないぞ。

「レイナだけど、ユキノ君はいるかい」
「え?先生に会うんだったら、ちょっと椅子に座って待とうねー」
「…あのねぇ。心療内科のレイナです。精神科のユキノに面会を願いたいのだがね」

普通に言いなおすと、慌てて受付の女性が姿勢を正した。
白衣見て気づけっちゅーの。
冗談も通じないね、精神科は。…当たり前か。
え?病院?ウチの、かい?…日曜日まで働かせる気かい?勘弁願うよ。

「お待たせいたしました。ユキノ先生は直接こちらに来られるそうです」
「そ、あんがと。」

そんじゃ、ゆっくりベンチにでも座らせていただきましょうかね。
……
…眠い。
昨日の夜は、発作に襲われて大変だったんだよ。
田川が帰った後、私は部屋に戻るなり力尽きてね。
後でオルゼ君に聞いたんだが、突然夢遊病者みたいに起きあがって、睡眠薬を飲んだんだそうだ。
うーん、これも自己防衛手段の一つなのかね。
あのまま、田川の精神を受信したままでいたら、私は多分その夜に放火していたんだろうね。
…趣味じゃないね。

「れーな」

静かな、しかし茶化すような声に顔を上げると、懐かしのユキノの顔があった。
目は凄くイイ人っぽく細くて、細面、見た目、色男だね。
髪はしっかりした黒髪。あまりしっかりしているのでキューティクルがツヤツヤだよ。まぶしいね。

「あ、ユキノ君。待ったよ凄く。」
「ウソついても駄目だ。今来たばっかりだろう」
「うん」
「どうだった?」
「大変だった」
「そう」
「うん」

ユキノは私の横に腰掛けると、ふぅ、と溜め息をついた。
だいぶお疲れのご様子だね。

「レイナ、新聞を見たぞ。地方欄だが、放火事件が載っていた。アレだろうな」
「うん、多分ソレ。強い衝動だったから、民家を狙ってる筈だと思うんだけどね」
「当たりだ。幸い人は死んでいないがな。財産を焼かれては幸いも何もあったもんじゃないだろうな」

ユキノは意外に普通の人だろう?
異常者とか想像してたかね?
異常者だよ充分。

「で、どうだったんだ、感触としては」
「…快楽を切望するが故の衝動ではなかったんでね、恐らくピロマニア(放火狂)だよ」
「ピロマニアか…連絡をくれたと言う事は、貰っても良いんだな?」
「いいよ。ピロマニアのサンプルはなかったからね」

ユキノは、笑って、『火事場狂』だったら良かったのにね、と言った。
『火事場狂』と言うのは、スリルを求めたり、倒錯した性的欲求を満たすための放火魔の事だよ。

「もしその田川と言う男が『火事場狂』だったら、
 君が性的に欲求不満する事になっていただろうからね。見物ではあるかもな」
「……ユキノ君〜〜…」
「はははははは。そうだ、今日は寄って行くんだろう?」
「いや…」

と、私はちょっと考えて。

「オルゼ君を連れてきていないから、また今度改めて来ることにするよ」
「早めにしたほうが良いんじゃないのか」
「そうだね。そろそろコピー取っとくべきかもしれないね…」
「だろ?オルゼも連れてきて、早くデータを移しておいたほうが良いだろう」

…そう、私のデータを
保存する場所がある。
そうしてそれは文字などでは表現出来ない、感情と衝動のデータ。

犯罪者の衝動をコピーしてしまう私が集めた、衝動のデータが、私の中にある。
そうして、それは、どんなプロファイリングより、正確で確実だ。
何故なら、犯罪者本人の心なのだから。

言っただろう、私自身も、研究対象だと。



病院を出て、すぐに診療所へ戻った。
疲れている。
ひどく眠い。
ベッドの脇に落ちていた人形を拾ったが、もう何も感じなかった。
これは田川に取って何か意味のあったものだったのだろう。
母親が作っていたあの人形にそれが移ったから、これはもうすでに単なる入れ物。
私の身体も入れ物。
オルゼ君はそれをどう思っているのだろうか。