「おい!おい先生…!」

俺がいくら呼び掛けても、その後先生は目を開かなかった。
死ぬのか?
ウソだろ?
抱きかかえると、肩口からナイフの先が突き出ているのが見えた。
思わず、痛みを感じて顔をしかめる。

遠くで、サイレンの音。
遠くで、車の行き交う音。
どこかの家が扉を閉めた音。
俺の息の音。
胸に耳を当てると、先生の鼓動が聞こえた。
…どうすりゃいいんだ…
そして、
重い木の板を引きずる様な音。

「…!?」
「あれ?シラさん…先生?…」
「テメェは…」

俺が聞いた音は、オルゼが診療所の扉を開けた音だったらしい。
遠くで聞こえた様に思えたのに。
ヤバイ。
コイツも…

「先生!?!?!シラさん、まさか…」
「チ…ッ」

しかたねぇ、
と、先生の肩に刺さったナイフに手をかけようと…

「抜いちゃ駄目です!出血が酷くなります!」
「…」
「シラさん!」
「!」

首に、ひんやりとした指の感触。

「……」

レイナ先生の閉じていた瞳が、ゆっくりと開いて俺を捉える。

「離れてくださいシラさん!」

オルゼの叫び声と共に、俺は先生から引き剥がされた。
先生が、俺の目の前で、苦しそうに倒れる。
だって、
だってよ、でも。

「シラさん…先生を、殺そうとしましたね」
「…ああ」
「今先生は、貴方の分身になっています」
「え?」
「貴方の狂気をコピーしてしまったんです。触ったでしょう先生に!」

ドン。
異音に振り向くと、先生の身体が床に、
…まるで物が落ちるかのように…倒れる瞬間だった。

「…おい、先生!しっかり…」
「気絶しています…貴方さえ、いなければこんなヒドイ事には…」

やけに冷静…じゃねぇかよ。
オルゼは、その冷静な声で、しかし震える手で、診療所の電話からどこかに連絡をとっているようだった。
俺は診察室に取り残されたまま。倒れたレイナ先生と共に。
コピー、って、なんだ?
そんな事って、出来るのか?
生きてるのか?

触るなって、一生懸命俺に言っていた。
先生は何度も言ってた。
そんなよ。
そんな…そんなんで、つらくねぇのかよ。

そんなところで、一人で倒れてて、寒くねぇのかよ。寂しくねぇのかよ。

近寄って、座りこんだ。
血の染みに手をかけると、生暖かい。
指についたそれを舐めてみると、指先の血は既に冷たくなっていた。
あんた自身に聞きてぇよ。
先生。
あんた。
寂しくねぇのかよ。

「すぐに、救急車が来るから…シラさんも来て、頂けませんか…」

オルゼのその言葉に、無言でうなずく。
警察を呼ばれたんだろうか。
そんなもの、逃げちまえばイイ。いつだって逃げられる。そう言う自信がある。

戻ってきたオルゼにばれない様に、先生の指を握り締めた。
先生を背にして座って、後ろ手でぎゅっと握り締めた。
触っちゃイケナイなんて、俺が言う事聞くとでも思ったか。
生きてろよ。
死ぬなよ。
なんども心の中で、指先で、そう繰り返した。