那須高原の旅館の一室。
そこで目覚めた朝。
ひどく頭痛がする。

昨日騒ぎ過ぎた所為?



隣を見ると、山崎は眠りこけたまま。
不満も悩みもなさそうな顔で寝てやがる。
イイご身分だまったく。

ベッドを揺らさないように気を使って起き上がり…
山崎が小さくうなるのが聞こえて一瞬こわばっちまったが
起きた訳ではなさそうだった。
そのまま立ち上がって、洗面台の前へ行く。

俺が立っていた。

気づかないようにずっと隠していた。

今夜ですべてが終わってしまうようなそんな気がした。

明日の朝には、日本を発つ…
…ずいぶんと、女々しくなったものだ。
何かに固執すると人間は弱くなる。
俺の弱み。それは俺の背後で不気味なほど静かに眠ってる。
いつの間にか弱みにしていた。
こいつが近くにいないことなど想像出来ないほどに。
弱すぎる。
このまま、ここに山崎を置いて去ってしまいたい気分にもなり…
…そんな事をしたら後で大目玉を食らうだろうな…。
そう、それもいいかもしれない。
怒らせれば恨みを晴らしに追いかけてくるだろう。
そう、そうすれば…

俺は、馬鹿か!!!!


冷たい水に手を浸して、
その手をじっと見つめた。
流しっぱなしの水。
この水の感触に気を奪われてしまえば、
考えずにすむかもしれない…なんて。
強いままでいたい。プライドの塊の俺はどこへ行った?

悪いな、山崎。

俺は。

俺らしく。

水なんかで俺の気持ちが流れるわけがなかった、
そんなことは重々承知。

俺らしくよ。

行くぜ。










「……ん」
かすかに聞こえた声。
立ったまま窓際でタバコをふかしていた俺は、その声に振り向いた。
俺を見止めて。
自分を見止めて。
見開く瞳。

「…どういうつもりだテメェ…」

ドスの効いた低い声。
イイねぇ。
もっと言ってみせろよ。

「…おい、セイバー!」

ガシャン。

山崎の両腕につないだ鎖。

「おいコラ!」

聞く耳?持つか。

カシャン…

山崎が邪魔臭そうに鎖を引っ張った。
この場所は。
山崎にも知らせていない、俺の日本でのセイフハウス。
たった今、知られたがな。
ハウス、とは名ばかりで、
ボロボロに崩れかけた二階建のアパートの一室。
このアパート全部を俺が買い取ってある。
そう、こういう時のために。
情報社会、時には血を見るような場所も必要になるものさ。
場所?福島の会津の一角だとだけ言っておこうか。

「聞こえねぇのか!テメーどういうつもりなんだかハッキリ言いやがれ!」

誰かが放火した不審火の跡なのか、一室が黒く焼け焦げていて。
そのむき出しになった鉄骨に両腕を高く掲げさせて繋いである。
「ッくっそ…。」
「お前が逃げないようにな」
「…はぁ?なに言ってんだよ逃げるわけ…」
「今夜で終わりだ」
「……」
口をつぐんでしまった山崎の。
足元に膝を付いた。
座ったままで拘束しておいた奴の足がかすかに逃げる。
「逃げるな」
「逃げちゃいねぇ」
引かれた膝を片手で強く掴む。
「離れたくねぇってか?」
「違いないかもしれん」
「バッカじゃねぇの?」
そのくだらないことを吐き出す口を
何で塞いでやろうかと。
嗚呼、どうすることもできねぇ。
いつまでも俺にまとわり付くコレは…。
コレを掻き消せるのがお前しかいなかった、それだけのことだ。

「…倦怠に埋もれて死にそうだ」

「…死ね」

「お前が手に入れば楽しくなる。そうすれば俺は死んだ魚にならない」

「死んじまえよ」

「俺が死ぬならお前を殺す」

自分でも。
ずいぶんとおかしなことを言い出すと思っていた。
おかしくなるのは仕方がないとも思っていた。
だって俺は
おもちゃを見つけてしまった子供のような気分になりかけているから。
新しい
動く、
そして殺せば死ぬ
そう、小さな犬を飼って
それが生き物だとわからない頃の子どもの
あんな気分に。
コレはどうやったら動く?鳴く?うるさかったらどうすれば黙る?
惹きつけてやまない。
こんな危険なもの。

「殺してやろう」
「……イカれてるぜテメー…」

血が滾って
そう、わかる。
何がなんだかわからなくなる前のあの一瞬に似て。

「…山崎」
「あ?」
「逃げろ…」
「はぁ?」

心が持ち上がって膨れ上がって
否定するな
すべて手に入れなければ
いけない
殺せ
殺さねば殺される
殺さなければ

こわばって力を込めた両手指に俺の爪が赤く光る。

「セイバー…?!」
「逃げ…ろ」

体中が沸騰して
しまった…暴走する

爪に何かの感触を感じて。
…引き裂くような悲鳴が俺の耳にこだますれば野性のスイッチが入る

「……」
「…?」

何も聞こえずに。
思わず我に返った。

「ッてー…。」

右手を見ると、指先から血塗れていて。
「山崎?!」
引き裂いたのに!こいつ、声も出さずに…
裸の胸から。深い傷が赤い線を引いて流れていた。
「大丈夫か?!」
「…死ぬぞマジで…。」
食いしばった歯の間から、山崎がかすかに笑いながら。
馬鹿野郎。
殺したいわけじゃないんだ。
なのに殺したくなるんだ。
何故だかわからないんだ。
「ったくよ…」

「同類だとは思わなかったぜ」

え?

「俺もよ、たまに暴走すんのよ。気が付いたら周り死体だらけってなぁ…」
「…惹かれるわけだ…」
「だな」
「なおさら手に入れたくなる」
「無理だあきらめな」

無理だといわれてもな…
子どもにゃそんな言葉は効かないんだぜ。
欲しがるだけ欲しがって
飽きれば捨てる
飽きるか?
どうか。

胸の傷を避けて。
もう一度、肌に爪を立てた。

「…どうせなら、引き裂いて食っちまえよ」

山崎が笑った。
かなわねぇ。


いくら山崎が文句を言っても、煩くわめいても。
鎖は解かない、手に入れた証を少しだけ感じたい。
どうせ脆い証だろうがな。
どこかに行ってしまうだろうから…
その前に
刻み付けちまおうか。

「…ん…ッ」

引き裂いた服の間。
血と体液に濡れた体を舐め上げた。
「感じるか?」
「聞くな…」
指先で、勃ち上がったソレを握り締めると、微かに震える身体。
毒だ、癖になる麻薬だ。
ウイルスだ病原菌だ。
性質が悪いったらありゃしねぇ。
先端を指でなぞりあげて軽く押してやると、目を伏せてうつむいちまった。
イイ、ってコトだよな?この反応はよ。
「繋がれて犯されるのも好きか?」
「…ッ…冗談じゃねぇ…犬と一緒にすんな」
犬が繋がれて『犯される』かどうかはちょっと微妙な気もするがな。
擦りあげながら、舌先のチラリと見える口元へ唇を寄せた。
絡め合わせてから、深く舌を差し込む。
「ン…。」

荒い息を間近に感じて。
「だいぶツラそうだな?」
「…死んじまえ」
楽しそうに、そんなコト言うもんじゃねぇ。
山崎の蜜でぬれた指先を軽く舐めて。
爪に歯を立てた。
「…セイバー?!」
グイ、とそのまま噛み千切って。
はがした爪は床に吐き棄てた。
「なん…」
「指で犯してやる」
「……な、なん…」

真っ赤に染まった指先を、山崎の腰を片手で持ち上げてあてがった。
「…ッ、ッく…」
身体を捻じらせながら…、心配そうに俺を見る。
「なんだ?」
「…は、ッ、指…い、痛くねぇのかよ…」
「キツイが柔らかいぞ」
「違…ッ、ん、あ…!」

俺の鈍感な指先にでも、こんなに中の感触を感じることができるのに。
何でこいつはいつもこう、遠く感じられるんだろうな…
もともと人間同士なんて、近い存在じゃねぇのかもしれない。
日本という国と、
ソリマチという男に付随する
見えない山崎の姿が。
腹立たしくて、なんねぇんだ…

「まだ、遠いな…」
「ン、な、何」
「もっと近くへ…俺を全部感じてみろ。その身体で」

指を引き抜いた後に即効で俺を埋め込んだ。

「ひぃ、…ッ?!?!」
「ん?突然すぎたか?驚いたのか?それとも善過ぎたか?」
絡まった鎖を強く掴む指を舌で湿して、
そのまま喘ぐ口元を舐め上げた。
気持ちいいか?
死ぬほどか?ソレは。
飽き足りなくなるほどか?
俺はお前の麻薬か?

お前は俺の麻薬だぜ。

足を大きく開かせて、肩に担ぎ上げ、中心を突き上げる。
「…ッ、ふ、あ…ぅッ!!…」
「イイ声だ」
「…っ…んン…」
覗き込む俺を首を振って避けて。
余計な口は利かないで。
欲しがりの俺をできるだけ誤魔化さなければ…
じゃなければ、俺は弱くなっちまうからな…
お互い、ごめんだろう、そんなコトは。

一度中で放ってから、すぐにもう一度。
「こうすると女の中みてぇだな?」
「…バ、カ言ってんじゃ…」
「濡れ過ぎだぞ山崎」
「ソレはお前の…!!!」
赤くなっちまって。
ああ、もう、惚れるなぁ。
参るぜ。本気で…
誤魔化せ。
誤魔化せ…
もっと激しく熱くなってしまえば一時だけでも忘れられる。
それだけのための行為だなんて、思いたく、ねぇのに…








ギシ…
スプリングの出ちまってるソファに拘束から解いた山崎を寝かせて、
隣に座る。
「…死ね」
山崎はさっきからソレしか言わない。
胸の傷も思ったよりは深くなさそうで、血はすでに止まっていた。
「死ね」
「…ソレしか言うことがないのか」
「それしか思いつかねぇから死ね」
「他にないのか」
「今日どこ行くよ」

はぁ?!

時計を見ると、2時。
昼間のだぞ。
夜の2時じゃ、いくらなんでもぶっ続けてヤリすぎだ。
って。
どこ、行く、って…
「まだどこか行く気があるのか?!」
呆れた…。
「観光に来たんだろ?」
そう言って、また笑う。
日本人の山崎が笑う。
日本に繋がれたまま。
その見えない鎖、ソレを解きたくて俺は。
ソリマチにつながる見えない鎖、ソレをぶっちぎってしまいたくて。
「う、っしょ」
スプリングのバネを使って、山崎が勢いよく立ち上がった。
「こうして見っと、日本てな何もねぇなぁ」
「なに?」
「おもわねぇか?まあどこに言ってもそうかもしれねぇけどな。何もねぇの。あるのは俺だけ」
お前だけ?
「そう、俺だけ。見てんのは俺、感じてんのは俺。感じるのは俺の自由だろ」

「…日本人らしくねぇな」

俺の口をついて出た言葉。
素直な気持ちだった。
思いもかけない山崎の言葉に唖然として。
日本情緒に包まっているように見えたのに。

「え?ああ、そん時はそん時、で楽しんでるだけだけど?」


つい、額に手を当てた。
呆れたのもあったが、
日本に嫉妬してた俺は単なる空回りだったってコトか?!
「……〜〜vv」
「どうしたよ?」
「知らん!とにかくどこかへ行くぞ!」


ふと思った。
山崎は、何も感じてはいないのだろうか。と。
俺に繋がれて犯されて。
それでも平気な顔をして俺と会話している。
どういう神経なんだ?
…まさか、そん時はそん時、で楽しんでいるとか…
だったら、相当なタマだぞコイツは…。



山崎に気づかれないように、俺はもう一度でっかいため息をついた。