「眠みー…」

大きく伸びをして冷たい風を腹一杯に吸いこむ。
車はもうすでにつみこまれた後で、俺らは歩いてタラップへと足を運ぶ最中。

「おい山崎」
「んだ?」
「どこ行くんだ」
「…島国だよ」

そう、俺が向かおうとしているのは、なんと佐渡。
イイじゃねぇか、ジジクセェなんて言うなよ?
元々俺の生まれは島国、沖縄。アソコには戻りたいとは思わない。
理由なんて、如何でもイイだろ?
大切な思い出に近づくってことは、弱くなる時だろうと思うからだよ。
セイバーが俺に依頼した日本旅行の案内役。
どこに行こうと別に構わないとのことだった。
日本なら。
そこで俺が選んだ佐渡。
…島国を選んだ時点で、多少は思い出に近づきたい気持ちもあるのかも知れねェな。
とは思っていた。
まあ、弱くなるほどの思い出にゃぁならんだろう。

船に乗りこんで、辺りを見まわすと、早い時間の為なのか、乗客は殆どが眠りこけていた。
ベッドのついた個室なんかも用意されてはいるのだが、
ほとんどの奴が床でゴロ寝。

うーん、日本人って奴は意外にワイルドだよな。

俺達が出発した港は、
ハマから車で出てきて一番面倒のない直江津港。
他に新潟と、寺泊にも同じように佐渡行きのフェリーの出る港がある。
なんでそんなに知っているのかって?
ここだけの話だけどよ。昔の女が新潟の女だったのよ。
セイバーにはナイショだぜ?
妬くから。ははは。…男が妬くなってんだよなー。

俺達は無論セイバーの高級嗜好、思考とも言えるな、
ソレに乗っ取って、個室をチャーターしてある。
まあ個室って言ったってよ、ちゃちなもんでよぉ。
セイバーは不満そーな顔してやがる。

「ロクなものじゃないな日本の船はよ」
「まあまあ、タイタニック豪華客船って訳にはいかねぇよ」
「…しかしなー」

見まわすと、狭い個室。
このベッドじゃ、セイバーなんかはみ出るんじゃネェかな?
実は、佐渡汽船のほかに、ジェットフォィルっていう
高速船もあるんだけどよ。
俺、船、好きなんだよな。
俺らが乗ってんのはカーフェリー。佐渡の小木まで2時間30分。
…ジェットフォィルだと、1時間でつく。

個室は、特等船室。二等船室だと毛布つきで広い床に20人くらいで雑魚寝。
一等船室だって同じようなもん、ジュウタンがあるか無いかの違いだな。
居住性は悪くねぇと思うぜ、だって2時間ちょっとくれぇだし。
2段の簡易ベッドがついているから、俺はそこに腰掛けることにした。
外で海を見ているのも悪くないんだがな。
部屋を出てみようかと扉に手を掛けた俺の服の裾をセイバーが引っ張るからよ。

だから、大人しく。
ベッドの脇に腰掛けたって訳。

扉1枚隔てて聞こえるのはウミネコの声と人の話し声。
そんな音をさえぎるようにセイバーが言った。
「日本は本当によくわからない場所だな」
呟くように俺にそう言った。
その言葉は不満からなのかもしれないな、なんて。
「なんでよ」
「いや、アメリカは豪華だ、場末でもな。だが…」
「日本の場末は本当に場末だってか?」
「言ってみればそうだな…」
でもよ。
「でもよー。日本を見たいなら、場末の方が気持ちがいいんだぜ」
俺は笑ってそう言った。
本心だった。

一件豪華に見える部分ってのはいつも
この場末が育ててきたもので
その場末こそが豪華だったりするなんてことが日本では良くある。
アメリカだってそうだと思うんだがな。
ただ、国が広いから、豪華と場末の区切りにたどりつくまで人が歩かねぇからなんじゃないか、と。
俺はその時、そう感じた。
日本を見てみたいなんてのが、理由付けだってのはよーく分かってるけどよ。
どうせなら、日本で俺を満喫しろって。
俺は多分、生粋の日本人なんだから。

ベッドに座った俺にセイバーは腰を屈めてキスをした。
俺はちょっと首をかしげて、その唇に自分の唇を深く押し付ける。
久しぶりのセイバーの感触。
ああ、こうやって溺れて行って俺はどうなるのかな。
反町さん時みたいにはならないように。
このまま頼り切ってしまって
寄り掛かる壁がなくなったとたんに、壊れちまったりしないように。

それは俺が守ることなのか、セイバーが守ることなのか。

…旅先の所為だな、こんなセンチメンタリズムはよ。

不規則に大きくゆれる船室。
唇を離したセイバーがニッと笑った。
「面白いかもな」

「あと2時間半、たっぷり楽しむとするか」

マジかよ。
その言葉に、腰の奥のほうがズキンと疼く。
ったくよ…
クセになっちまってんじゃねーかよ、馬鹿オヤジめ…。





扉の外の声がヤケにはっきり聞こえるような気がして。
固い綿のシーツを手繰り寄せて、口に含んだ。
うつ伏せに冷たいシーツに押しつけられて。
「腰を上げろ…もっと、そうだ…」
言われるままに。
手を掛けられて開いた足の間に、固い指が這わされる。

そう、沖縄から逃げ出した時も
俺は船に乗っていた。
こんな風に。

思い出しちまうよ。

「何を、考えている?」
「…別に、なんでもねー…」

内腿に蠢く舌に、思わず身体を強張らせた。

思い出してなんかいない。

…早く

この勝手に動く脳内の思考回路を止めてくれ。

そう、その舌と指先とお前の身体中全てで。

…クソ…バッカじゃねぇの、俺…


「…ぁ…ッ」


内腿から中心部、そしてもっと上、俺が一番求めている場所まで、
舌がゆっくりと這っていく。

ねじりこむように
そうもっとわからなくなって
つらぬかれてしまえば

「山崎」
「…はァ…ッ…なん、だよぉ…」
「…なんでもない」
「…」
「いくぞ」

その声に、もう一度シーツを噛みなおした。
だってよぉ。
声、出そー…
あーもう、早く忘れよう
何でこんな時に反町サンのことなんかよぉ。

セイバーは無口で、
多分俺の様子がおかしいことに気づいてる。
不満だろ?
その不満をストレスにかえて俺の中でぶちまけろよ。
もっと
強く…




「あー、ウミネコがウルセェ」
久しぶりだった所為なのか、それともノリきれなかった所為なのか、
小1時間ほどでソレを終わらせた俺達は、
デッキの方まで歩いて出ていた。
空には餌を欲しがるウミネコどもが飛び交ってる。
突き進む船に風がもろに当たって
ソレが俺達の髪を巻き上げるように吹いていて
くわー。
センチメンタリズムだよな。


…誤魔化そうったってなかなか誤魔化せねェ。


セイバーによ、悪い気がするんだよ。
思い出しちまって浸りそうで
ソレに耐えるのに精一杯の俺なんてよ、こう、カッコワリィだろ?


…そう、いくら無理しても誤魔化せない


「山崎」
セイバーの声に、ビクっとして俺は振り向いた。
「あん?」
「…」
「んだよ」
「お前、佐渡と言う土地に何かあるのか」

ウミネコに手をかざして、近寄ってこようとするのを手で払った

「なんもねーよ佐渡には」
「…」
「本気で」
「…本当だろうな?」

セイバーが何故か俺を心配そうに覗きこむから。
思わず笑っちまった。
何でコイツ、俺の保護者みたいなこと言ってんだか。
俺は別にー

「なんて言うかアレよ、遠き町へのセンチメンタリズムって奴かもな」

そう言ってセイバーの腰を一つ叩いた。
セイバーは訝しげーな顔してっけど。
なんで、俺、反町サンのこと、セイバーに隠してんだろうな。
言ったってしょうがねぇ、俺の問題だ。
どうってことねぇ。
そう、俺の問題。
忘れに来たわけじゃない
忘れたいとも思わない
でもお前とあン人が被るのが、モノスゴクイヤで

つい、目をそらした。




佐渡の港が、目前まで迫っていた。
そして俺の過去もまた…