砂利を踏みながら、つい舌打ちが出る。
昨日の夜は何とかお互いに誤魔化しが効いた。
しかし今日の山崎を見ろ。
朝っぱらからテンション高め、一つ言えば十返ってくるくらいの。
何かを考えないようにしているんだろうがな、せっかくの旅行が台無しと言う物だ。
拷問でもして無理にでも聞き出すか…そう言う考えさえ湧いてくる。
はっきりしないのは、嫌いだ。特に俺の利害に関わればな。

山崎の運転する車で、一車線の道路がたびたび現れる海沿いの道を走って来た。
景色はかなりいい。天気もイイしな、車の窓を閉め切ると暑いくらいだった。
山崎が、咥え煙草をウミネコに投げつけた。
車を止めた地に足をつけながら、俺は横目でそれを見ていた。

なんとか道といえる程度の道を、山崎に先導されて歩く。
「おい、今度はどこへ行くんだ?」
「賽の河原ってんだよ」
「サイ?」
「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため、ってな。こういうの聞くと胸くそ悪くなるぜ」
なら、なんでここに連れて来たのかそっちが知りたいモノだな。

15分ほど歩くと、先の方に小石が疎らにばら撒かれたような場所が見えた。

足元にも、ばらけた小石。

「水子って知ってるか」
「ミズコ?」
「ああ。日本にゃそう言う呼び名があってよ、生まれる前に死んだ子供のことよ」

からからからから
風車が回り出す

赤い風車が回り出す。

「そんなヤツとかな、親を置いて先に死んだ子供とかな。
 そう言うヤツって、アメリカだと天国行きだろ?
 日本てヤツはよ。そう言うヤツラに甘くねェんだ。
 死んだら川を渡らなきゃならねェ、でもその川の手前でそう言う子供たちが石を積むんだよ」

目を落とすと。
確かに、石が積まれている。
と言うことは、ここは川なのか?
海に見えるぞ。

「巧く積めた子供は菩薩が来て助けてくれる。
 だけど俺みたいな鬼が一生懸命積まれた石を蹴り崩して悪さすんだわ」
「お前みたいな??」
「人の幸せなんざ、簡単に手に入れさせてたまるか」
「…山崎?」
「ん?」

賽の河原を目の前にして。
その一つの赤い風車を、山崎がじっと睨み付ける。
どうも、不気味な光景だ。石が積み上げられ、そして風車、そして千羽鶴。
この先には行ってはいけないような。
しかし先にあるのは海だぞ。
こう、現実と伝承の間で悩むのが観光客ってモンかね。
「山崎」
俺の声に、ひょい、とこっちを振り向いた山崎の顔は、いつも通りで。
幸せなんざ簡単に手に入らなかった男が目の前で困ったように笑った。
「なんだよ?」
「ここは、その川なのか?」
「あ?ああ、チゲェよ。ここは、その子供たちが早く成仏出来るようにってな、
 生き残った親が願掛けで石積みに来るトコ」
「…ふん。」
鼻を鳴らして、
その石に向き直る。
「親が残されるのと」
低い、山崎の声。
「子供が残されるのと」
振り向こうと思っても、しちゃ行けない気がした。
「どっちが幸せだ?」

含み笑い。

なんで、笑って…。
振り向くと、山崎が大笑いしていた。
つられて笑いかけて。

コイツ。
そう言や…

「親が欲しいか山崎」
「…いや。いらねえ。」

予想に反して、返事は早かった。
笑いを止めて。
そのまま、俺に向き直る。

「俺には親じゃなくて反町さんがいた」

からからから。
回りつづける風車。

「その人が死んだ」

「…」

風が止めば留まってしまう風車



「思い出すと苦しい」



風を止めてはいけない。



「思い出すツモリはなかった」



止めるなよ…



「あの人が俺の誇りだった、けどたまにそれが重荷になんのは…、なんでだろうな」



山崎が笑った。



近寄って、背中を一つ叩く。
「ってーな」
「知りたいか」
「なにが」
「何故重荷になるのか」
そんなこたぁ、
俺はもう、理解しちまってるんだよ。
長い間生きてきた、人も殺したし殺されかけもした。
お前だってそうだろう。
なのに、何故わから無いんだ?

「簡単なことだ。死んだからさ」


「…そっか」


「そうだ」


「案外、簡単なんだな」


「ああ」


お前の心の中を占めてたのは、そのソリマチとか言う人間なんだな?
消せはしない深い傷。
傷にしちまったのは、お前だ、山崎。


どうする事も、出来ない。



「はは、湿っぽくなっちまったな…あースッキリした。ま、そう言うことだ」


なにが、そう言うことだ、だよ。
俺にまで湿っぽい気持ち植付けやがって。
消せない傷を俺に誇らしげに見せるだなんて、
イイ度胸だ全く。
コン、と山崎のつま先が小石を蹴った。
飛んだ石が一つの塚にあたり、かすかに崩れる。
「あーあ、また誰かの夢壊しちまったよ。」
そう言って、苦々しく笑う。

スッキリなんかしていないクセによ。

「お前らしいや」
「なにがだ?」
「こう言う話しても同情の言葉とか言わねぇよな?オメーはよ」

踵を返して。
踏みにじった夢を背にして、その場所を後にする。

「言って欲しいのか」
「言って欲しくなかったんだよ」
「…どうして欲しかった?」
「…どうもして欲しくなんかねェ。」

足元を見ながら歩く山崎は、うつむいているようにも見えた。

「なんでここに連れてきた?」
「…観光だろ?」
「嘘を言うな」

車の前までたどりついて。
俺の目をじっと見上げる。

に、と笑って。

「面白いトコ連れてってやんぜ」

いとも簡単にはぐらかされ、助手席に乗り込まされる。
オアズケってヤツか?
どうも、山崎って男は秘密が好きなようだな。


助手席に乗りこんだ俺に。
山崎が溜め息混じりに。

「死んだんだよな。そっか、そうだよなぁ。」
「…まだ、引きずってやがるのか!」
「…いんや?死んだんだろ?」
「…ああ」
「あー、いい、いいんだ。もう」

何が、いいんだよ…
そのまま俺が何も言えないでいると勝手に車は走り出して。
ラジオのボリュームが少し上がった。
山崎はさっきから煙草を吸うのをやめようとしない。
ソリマチ。
どんなヤツかは知らんが。




…邪魔を、するな。