ざっくざっく、と、俺達の足音。
通り過ぎてく浴衣美人はどっかの旅館の木のサンダルでカランコロン。
ココでは普通の格好は浮くものだな。
やはりココは浴衣か着物に限る。
山崎に着物を無理に着せて置いて良かった。
俺か?
面倒だ。
さっきの射的屋でゲットしたデジモンシャンプーはその辺のガキにやった。

「おおっ!射的屋発見!」
「また行くのか!?」
「なんだよ」
「…いや」

山崎はしょうがねぇな、と言う顔をして中のおばちゃんに手を振った。
「またなー」
だと。
どうやら、常連の様だな。
「いやー、懐かしいぜこの辺。昔はよ、やっぱこの辺も風俗街でよー。」
「ほう、仕事場だったのか」
「…風俗街だったのは江戸時代の話だッつーの」

なるほど。
以前言っていた遊郭とか言う、アレがあったワケか。
もう、その姿は影もかたちもない様だ。
一度見てみたいものだったのだが…残念きわまるな。

俺と山崎が今歩いているのは、いい加減にしろと言わんばかりの長い石段。
ココが、メインの観光地の一つらしい。
ただの石段だろう?なにが珍しいんだか。
「真ん中に温泉が流れてる石段はそうそうねぇだろ」
言われて、見ると。
真中に管のようなものが通っていて、覗きこむと中を水がドウドウと流れていた。
「…コレに入るのか?」
「流されたくなけりゃ風呂で入れよ」
山崎が苦笑しながら言った。
…ソレくらい理解しとるわ。

1軒のみやげ物屋を見つけて、ソコに立ち入る。

メシもその辺のラーメン屋ですませた。
…何故にラーメンか。




草津から伊香保まではそう遠くなかったが、
草津の夜の疲れからか(苦笑)山崎が起きたのは昼過ぎの二時。
ソレから伊香保に向かったから、もうすでに時は夕闇の時刻。
空が緩やかに赤く染まって、藍色がかって変に汚い色に見えた。




「…」


部屋に入るなり俺は絶句。
山崎はそんな俺の横でニヤニヤしている。
石段に沿う様にたっていたひなびた旅館。
こんな場所を山崎が俺に用意したのがはっきり言って理解できなかった。が。

部屋までこうとは…
縦長の部屋の奥に、障子張りの小さな窓。
木の柱が囲む壁は漆喰で塗り固められた白。
ひなびすぎだ。
しかし、
こう、
風情は、あるな。
「いいだろ?今まで和洋折衷程度の旅館だったからな、一度くらい本物の和風って奴を見せたくてよ」
山崎は俺にかまいもせずに、部屋の真ん中にある変わったテーブルまでドカドカと歩いて行って。

変なテーブルだ。
「お、あったけー」
?暖かい?
テーブルがか?
「…来いよ、入ってみろって。」
言われるがままに、部屋の真ん中にある布の被ったテーブルに座りこんで…
…足先に、床がない。
「なんだコレは…」
布をめくると、床に穴が開いていた。
その下で、煌煌と赤い光を放つ物体。

山崎が言うには、これはコタツとか言う代物らしい。

…なるほどな。
満足げに座る山崎。
コイツも、日本人だと言うことか。
朝鮮やアメリカなどを渡り歩いていたコイツは、
やっぱり日本人らしいこう言うものに落ち着くわけなんだな。
真似をして、中に足を落とす。

テーブルが小さくて、正方形の一辺一辺に一人しか座れない。

「ひゃー」

気持ち良さそうに、コタツの中に腕を突っ込んで、
肩まで布を持ち上げた山崎がテーブルの上に顎を乗せている。
その姿に、なんとなく。
なんとなく、国の違いなんかを覚えて。
…少々、日本と言う国に嫉妬した。

日本を山崎に案内させてから今日でもう四日目。
見れば見るほど、理解出来ない日本と言う国。
その日本を楽しんでいる山崎。
置いて行かれがちな俺。

幸せそうな山崎の頭を一つ小突いた。

「すぐ叩くな!俺は犬じゃねェんだからよ」

もう一つ小突いた。

「なんだっての!」
「別になんでもない」
「なら叩くなッつーの」

ゴン

「死ぬかテメェ」

「山崎」
「ん?」
「日本が好きか」

…俺はどうも祖国に愛着がない。
イイと思うものなんて一つもなかった。
コタツにもぐったままの山崎が、頭をぼりぼりと掻いて。
「なんだそりゃ」
小さな声で、一言。
…いいじゃないか、答えてくれても。

「好きとかよー」



「嫌いとかじゃねェんだけどよー」

ぼりぼりぼり。

「馴染む?」

俺に聞くな。

「ってヤツなんだけどよー」

…馴染む?
身体にも。
心にも、
か。

「なんでそんなこと聞くんだよ?」

日本にくるまった山崎が、拍子抜けした顔で俺を見た。

俺は日本に浸り切れずにいる。

そのまま俺が口をつぐんでいると、業を煮やしたのか。

「なんだよ。日本つまんねぇかやっぱり?」
「やっぱり、とは何だ母国に向かって」
「だってつまんねーもんよ」
だったら、何故、そんなに楽しそうな顔をする?
何故、俺は腑に落ちない気持ちなんだ?
なにかこう、なじみきった山崎と比べて、俺はどうも浮きっぱなしで。
そう、言うなれば日本の風を感じ切れないでいる。
同じ場所にいるのに、
ブラウン管の中の日本と山崎を見ているようで…

もそり。

「あー、寒ッ!」
「なら入ってりゃイイだろうが」
「思い出したんだよ、ちょっと変わったモン手に入れたんでな」
「?」

感じる寒さに愚痴を言いながら山崎は紙袋を開けて。
…さっき、みやげ物屋で手にしていた紙袋。
そこから取り出した箱の包みを無造作に破ってばら撒くと、
中からクッキーのような丸い形をしたものを取り出した。
茶碗の敷き皿の上にそれをポンと乗せると。
おもむろにライターでそれに火をつける。

「?!?!」

な、なにを…

目を丸くした俺を見て、山崎が呆れた様に笑った。
ジジ、と移った火種から。
丸いものの端が焼けて、煙が立ち昇る。

これは
「お香、ってんだっけ?ココ独自のなんだとよ。」
ライターをポケットに移して、その皿をコタツの上にカタンと置いた。
そしていそいそとまた布の中に潜り込む。
「お香?…インドの方で焚くアレか」
「インド?!ああ、仏教関連はお香が伝わっててもおかしかねぇか。
 たまにゃぁいいだろ。まあ匂いでも嗅いで落ちつけよオッサンよ」

山崎が、笑った。
ブラウン管の中で。






白檀が香る。
花に噎せ返る。
香りが山崎に滲んで。
俺は血生臭くそれを遠くから見ている。






掴んだ手を捻り上げて、
唇に無理矢理舌を捩じ込んだ。
離した鼻先に。
山崎の白檀を嗅ぐ。







香の端を掴んで、火元を山崎の首に押し当てた。
「っち…!!!!」
離れようとする山崎の髪を掴んで。
離れるな。
日本に行くな。
…俺もまたドデカイ物相手に嫉妬なんかしやがって。
コタツの端に身体を押し倒して、口を手で塞ぐ。
山崎の見開いた目。
恐怖?
違う。
怒り?
違う。
着物の帯を口で解いて、前を開いた。
香を持った俺の右手を、抵抗する山崎の両手が固定して…
そんな程度で俺が止まると思うな。

「−−−−−−!!!!」

胸元に強く押し当てられた火種から煙が上がる。
見開いた目が滲んでるな?
痛いか?
熱くて苦しいだろう?
…俺は一体なにやってんだ?

一度離して、もう一度…

押しつけようとした火種を。
持った俺の手を。
ぐ、とまた握り返して。
抵抗、なんか、無駄だと…

「…山崎?!」

それをグイと引っ張って、自分の胸に強く

慌てて口元から手を離して、両腕で自分の手を引くが、
ジリジリと言う音が止まらない。
山崎は悲鳴一つあげずに、俺をじっと見ていた。

「…満足、かよ…ッ」

食いしばった歯の間から、微かにそう言って。
満足なんかするわけがないだろう?
「離せ、山崎!」
「…満足かよ!」
「…もう、イイと言っているんだ!」
「なんで、俺を焼いた?何を焼いて消し炭にしたい?言えよ」

やっと離され俺の手から、火の消えた香が落ちる。
痛々しい火の傷跡。
思わず、見ていられなくなって目を閉じた。

「消せるものなんてねェ、そりゃお互いサマだろうが」
「…」
その通りだ…
だが…
「俺の中にあるお前の気に入らないもの一つでも消えれば、お前は俺を抱きたくなくなるぜ」
なんで、そんな顔で笑っていられるんだお前は。
俺がしたことは、単なる狂気…
見えないなにかがもどかしい。
見えるなにかが理解出来ない。
そもそも
この自分の気持ちが理解出来ない。

遠くに見えた山崎を近くに引き戻したいと

気持ちを消そうとして、強く目を閉じた。






狭い部屋で、座ったままの俺の上で山崎が乱れる。
着ていた物は全て脱がせた。邪魔に思えたから。
自ら動いて俺を刺激する身体。
「お、れにな…向かって、そんなモン…」

「見せたってな…無駄なんだよボケが…ッ」
グイ、と身体を突き落として息を止める。
「俺が、なにを見せたって…」

「支配欲」

沈めた身体で、ヤマザキが俺の顔に顔を近づけて、そう言い放った。


その言葉に、ずっとわからなかった自分の心に突然整理がついた。
ワケがわからない。
何故整理がついたのかわからない。
いや、わからない筈はない。
そうか。
俺のこの気持ちは、支配欲か。

…俺らしいじゃねぇか。

何かに傾き掛ける山崎、お前が許せなくて、
そう、俺に溺れてしまえばイイと思った。

それが叶えばツマラナイなんてことは承知の上。

そう、ある程度知ってしまえば魅力などなくなる。
お前が見てきた日本のように。
そう、見えない方が面白いと言う物だ。
なるほど。
なるほど、イイじゃねぇか。

真顔だった俺が、不意に眼光鋭くニヤリと笑ったの、見えただろう?
今、顔が強張ったモンなぁ?
まー、せいぜい外に声が漏れない様に口でも塞いでるんだなぁ?
吹っ切れた後の一発ってのは、激しいんだと相場が決まってんだよ。

山崎の小声の罵倒は聞き流して。

俺は自分好みのカラダを貪り尽くすことにした。





「うーまーいーぞー」
某漫画のようなことを言いながら、またもやうつ伏せの山崎が皿に手を伸ばした。
皿の上に乗っているのは、旅館の女将が届けてくれたココ特有の饅頭。
実際、美味い、かなり、美味い。
草津の饅頭はアレほど種類があったのに、何故この一粒に負けているのか。
饅頭をヒトクチ口に入れて、そのまま寝そうになって頭をぶんぶんと振っている様子を見て。
ああ、明日も昼頃だな、などとひとりごちた。
いや、ヘタするともう一泊位しなきゃならんかも知れんな。

何故って。まだ、夜がある。

「…なんで笑ってんだよ」

山崎のうかがうような目線。
満面の笑みで笑い返すと、ゲーと言われて舌を出された。
ゲーも何も知るか。
俺は俺のペース、お前はお前のペース。
支配欲が強いのは生まれつきだ文句は言わせん。

文句なんか、言いっこないだろうがな。



茶をすすりながら饅頭を食う山崎は、どう見ても日本人だったが。


別にソレに不満はなかった。


人間と言うのは、どうもこう単純で困るな。


落ちていた香に再度火を入れるとイイ香りがした。
そう、まさに癖になる日本の香りってヤツだな?
匂いと感触だけなら。
この身に染ませても良いだろう、と、そんな気持ちで山崎を見た。









………饅頭食い終わって寝てやがる。