目には目を歯には歯を、毒には毒を。狐には神の矢をー、ってか。
俺は今でっけー石の前で首を傾げてる。
この石の名前は、殺生石。
「石」って言うんにゃぁ、随分と馬鹿デケェと思うんだけどよ??
言ってみれば、目の前にそそり立つ壁?崖?
そんな感じの大岩。

悪い狐が悪さをして、
それを武士が神から授かった矢で射ると石になりましたとさ。
でもなんか狐の気持ちがおさまらねぇで爆発して、
その石は3つに割れてほうぼうへ飛び散ったんだとよ。
その一つがこの殺生石、なんだと。
なんだそりゃ。

他の二つはどこ行った?ああ?

…昔話ってのは、こう、曖昧に謎を残すよな。
まあ、そんな由来は置いといて、要するに、あれだろ。
火山の関連で割れた岩から地層の奥に含まれる
イオウのガスが噴出してきたとかそう言うあれだろがよ。
なに?夢がねぇ?
…狐が殺される話のどこに夢があンだよ。

一緒に岩まで歩いてきたセイバーは、岩の由来の話を聞いて渋い顔をしてる。
おっと、岩じゃなくて石か。
…あーーーー。どっちでも良いだろこの際。見た目岩だしよ。

「具体的に悪いこととはなんだ?」
「しらねー」
「曖昧だな」
「人殺して食ったとか放火したとか痴漢したとか」

渋い顔のセイバーがちょっとだけ笑って。
そんでもってまた、岩に向き直って苦い顔。

「臭いな」
「毒らしいぜ、この匂い。近くにより過ぎると人間でも死ぬらしいからなぁ。試すかオッサン?」

そう言った俺の襟首を掴んで、前に押し出す。

「俺じゃねー!」
「毒には毒を、だろう」
「俺のどこが毒なんだよ」
「自覚が無いのか?」

ぱ、と襟首を離されて。
セイバーに向き直って殴りかかろうとして…
ふと、ココからの眺望に目を奪われる。

殺生石があるのは、ココ、那須高原。
高原って言うくらいだからよ、山の上のほうにある。
そんでもって、かなり高い。えーと、隣にある山の天辺がココから見えるくらい高い。
ボルケーノハイウェイの入り口付近の道路ぞいに殺生石はあるんだけどよ。
ちょうど駐車場があって、その場から殺生石のある場所まで徒歩でまあ、十分くらいだな。
板張りの道が、俺達をその岩まで導いて。
まるで、逆に他への侵入を防ぐかのように道筋を示されてる様で。
つい、道をそれて毒気に当てられに行きたくなる。

もっと、あの岩の近くに行けば、
身体中に毒が充満する。

セイバー、俺のこと、毒だなんていってたな。

近寄って。

足もとの岩場に触れてみた。
この先が、毒。
指からだんだんと浸透して行って俺のカラダを腐食させる毒。
俺は毒?
だんだんと浸透して社会を腐らせる毒。
…へ、毒、だとよ。

オメーだって、毒じゃねぇか。

…毒だって言われて俺は気分が悪いのか?

「山崎?近寄るなと言って置いてお前が近寄ってんじゃ意味が無いだろう」
「うっせーな、毒オヤジ」
「…毒?」
「俺が毒ならオメーも毒」

そう言って、目を上げた。
覗きこむセイバーの顔。

「気にしてるのか?」

…別に

「言いすぎたか」

…慣れてんよ悪者扱いは

「山崎?」

…それを恥じることは出来ないからよ





たどった道を押し返される様に引き返した。
振り向くと、毒が遠ざかるのが見える。
そこに行きたくて、手を伸ばした。
その手をセイバーに掴まれて、
眉を寄せて振り解く。

向き直って、また俺は毒から離れて行く。
逃げてるんじゃない。
帰るのさ…
汚したいわけじゃない
お互い、毒を吐いて、避けられて汚れにされて横目で罵られて
近寄ったら毒される、だなんてよ。
さみしかねぇか。殺生石。

俺はもう振り向かないけど

ソコで命の限り毒を吐いてろよ。

背中に、石の目線を感じながら、駐車場まで降り立った。

…こんなに、離れちまった。
あの石を、狐を取り残してきちまったような気分になって…
ああ、鳴いてやがる。細い声で、捨て猫みたいに俺を呼んでる
堪え切れずに。
振り向こうとして。
不意に、目許を手で隠される。
「?????」
一瞬何が起こったのか理解できずに、目許に手をやると。
セイバーのごつい指。
「セイバー、なん…」
「見るな」
「え?」
指の隙間から、セイバーの呼吸をする胸元が見える。
「見るな、それ以上」
「…別に俺の勝手だろーよ」
「俺も見ないから、お前も見るな」
「…」

毒は毒同士
混ざり合っても汚れなければ少しは行き場がある、か…

バッカみてぇ。
らしくねーぜ、本気で…





バタン。
車の扉を閉めると、外気の気温から肌が放たれた。
身体の中にめぐっていた熱い血が指先に集まるのを感じる。
「よぉ、セイバー」
「なんだ?」
「毒に浸かっていかねぇ?」
「…?」
「風呂。毒の風呂があんだよ」

セイバーは、俺のアイデアに二つ返事でOKした。
やたらと、楽しそうな目で。
せめて、ヤツの吐いた毒に侵されて行ってやろうかと。
そんな気分でお互い、宿を探すことにした。