「山崎」
「なんだよ?」
「縛らせてくれ」
「はぁ?!??!?!?」

突然の俺の言い出した言葉に、山崎が呆ける。
睨み付けてみたり、目をそらして考え込んでみたり
うかがうような目、目を閉じて、片目を開いて眉をしかめて。
まるで、百面相だぞ山崎。
「突然だとは思う。だが今思い立ったんだ。」
「…俺を?」
「おう」
「お前が?」
「そうだ」
「縛る?」
「縛る。」
もう一度、呆けて。

どうも理解してもらえないようだが、
とにかく、さっきまで俺は深夜の映画の番組を
スカイパーフェクトTVとか言うチャンネルで見ていた。
そこでチラッと見たのが、江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」という映画。
女ではあったが、蜘蛛の巣のような、目を見張るほど美しい縄の巣に、
縛り付けられている映像があったのだ。
燃えることこの上ない。
日本人というのは、麻縄が似合うものなのだな。
納得したぞ。
いや、山崎なら、皮でも…いやいやいやいや。
醍醐味ってモンがあるんだ。
「何が、醍醐味だよ…呆れて物が言えねぇ…」
額を押さえて、俺をちらりと伺う。
嘘だとか、冗談だとか、諦めるだろう、とか、思っているだろう。
残念だが、そんな気は毛頭ないぞ。
…よほど嫌がるなら、譲歩はするが。
「…縛って、どうすんのよ」
「そりゃぁなあ…」
ニヤリ。
俺が笑うと、山崎が目をゆるゆると逸らして赤くなるのが見えた。
おお?
ちょっとは期待しているということか?
いやいや、人間、未知なる快楽には興味があって当然のことだ。
だろ?

っと、今現在。
山崎はと言うと、ちょうど風呂から上がったところで。
俺は、コタツでぬくぬくと映画を見終わっていたところで。
居間に入ってきた山崎。
見るなり、抑えきれずに、言ってしまったという訳だ。

山崎は、しかめっ面のまま、コタツに入り込んできた。
「…俺がさせると思うか?」
「いやか」
「あたりめーだろ、自由じゃねぇのは嫌いだ」
「そうか?意外に良いかも知れんぞ」
「されるがまま、なんてよ、俺が抵抗あるっての」

山崎とは、たまにこうやって、お互いの性的な趣味をぶつけ合って話をする。
まあ対外、そんな話の後は、びしょ濡れの行為に及ぶわけだが。
…話さなくても及ぶか。
うむ。と、鷹揚に肯(うなず)いて。

「お前の肌に縄が食い込むのが見てみたいと思ったんだがなぁ」
「…阿呆」
「なぜ阿呆だと思う」
「…俺が何もできねぇじゃねぇか」

まぁ、そりゃ承知の上だ。
と言うより、それが良いんじゃないか。
とは言わないが。
口に出しては。

冷蔵庫から出してきたのか、缶ビールを俺の目の前にひとつ、トン、と置いて。
自分の分はさっさと開けて、口をつけている。
「縛りかぁ…未経験だぜ」
「それだからイイと思わんか?」
「…わかんねぇ、ってのが、ホントのトコだな」

われながら、まじめに何の話をしているんだか。
しかし、珍しいコトに、無理に縛って犯そうという気は起きてこない。
楽しむのが鉄則。
俺たちの間に出来上がっている暗黙の了解。
無理に犯すのだったら、相手は誰でもいい。
誰でも良くないから、こうして話をしているんだ。
珍しい『気分』だ。
「お前にそそられたい」
「…ぐうの音も出なくなるような言い方するよなぁオッサンも」
山崎の苦笑い。
多少の肯定。

強姦だの奴隷だの服従だの、そんなお伽話は、
『愛』とか言う欲望と名のついた形だけの中のお話。
勘違いの欲望より
単なる本能が俺を欲してくれなければ面白くない。
山崎には、それだけの価値がある。
俺は、そう見た。
売春婦じゃない。
犬でもない。
山崎竜二という、一人の日本人の男。
強制などしなくても、俺を空気のように。
『求める』、じゃなく
『受け入れる』

「難しくてわかんねぇよ」
「そうか?」
「簡単に言えよ」
「…うーん」

そうだな。
何と言ったらいいか…

「お前は言いたいことを言っているよな?」
「あったりめーよ」

そう、山崎は、嫌なものは嫌、好きなものは好き。
はっきり、言う。
わがままで、横柄で、
自己主張が激しくて
「おいおい、言いたい放題だな!」
酔いが回ってきたのか、気持ちよさそうに山崎が笑った。

「セックスについてどう思う?」
「遊びだろ」
「遊び?」
「そ、じゃれあいみてぇなモンでよ、満たされるのは体だけでいい」

???
お前も、難しいことを言っているぞ。

「セックスで気持ち満たすなんて、はは、バッカバカしくてよ」
「馬鹿馬鹿しいか?」
「寂しいとか、つらいとか、そう言う気分満たすためのモノにしたくねぇ。
 体合わせなきゃわかんねぇ、なんてよ」


そうは言うが。
求められてる、という安心のために、体を合わせる男女は多いぞ。
ああ、愛されている
ああ、愛している
確認のためのセックス。

「…いいぜ。」
「なに?」
「縛れよ。」

山崎の目が、攻撃的に輝いた。

試されている?

俺は山崎を抱いて、何かを確認していたか?
…わからない。
考えたことも、なかった。
愛しているとも、愛されているとも。
考えたことはなかった。
山崎。
お前は、抱かれて、何かを確認しているのか…?







「い、椅子?なんで…」
空調で温めた寝室、山崎を上半身裸にして、椅子に縛り付けた。
手際よく後ろ手にくくりつけて。
かがみ込む。
「おい、クリード」
「ちょっと、待っていろ…」
足首をつかんで。
「ま、待てよ、そこまで縛るのかよ!?」
あわてて足を引いた山崎、それを引っ張り返して、椅子の足にくくりつけた。
麻縄をエックス字に重ねて、解けないように。

片足ずつ、一本ずつ、椅子の足にくくりつけた。

「…っく…」

足を閉じようとして、それを縄に阻まれる。
擦れ合う麻縄の音。

「いいモンだな、やはり」
「マジで、動けねぇ…」

予想以上の状況だったのか、
山崎が多少の緊張を見せて。
たった今から、俺がそれをほぐしてやる。
「…クリード…ちょ…」
シーツを裂いた細い布。
焦りの表情を見せて顔を背ける山崎の。
その目線を布でふさいだ。
「…っ…」

息が、荒いぞ?
…煽られているか?
俺は、煽られているぞ。
強張っている身体、首元に、ゆっくりと手を置いた。
「…!」
唾を飲む音。
「大丈夫だ…」
「わ、わかってんよ…」
そのまま、首筋をなぞって。鎖骨…から、胸をなぞって、突起に指をかけた。

「!ッ」

つまみ上げて、唇を寄せる。
身体を引く反応。

「どうもわからんのだが」
「…?なん…」
「気持ちを確認できるから、特定の人物とセックスをするんじゃないのか?
 身体だけ満たすなら、逆に誰でもいいんじゃないか?
 なぁ、山崎。こんな風に…
 誰かが、俺以外だとしても。
 こうしたら、お前は感じるんじゃないか?」
「…!痛!」

軽く、犬歯を立てた。
そのまま舌の先で先端をなぞる。

「ち、がっ…誰でも、いい、けど」
「いいんじゃないか」

山崎の横に立って、突起を軽くはじく。

「うあ…!」

仰け反る、引き締まった体。
「さ、最後まで、聞けよぉ!」
「ん?」
もう一度。
「…っ、っ!」

なぜだろう。
死ぬほど、煽られてる。
いつもそうだ。
死ぬほど、そそられる。

指先で、山崎を乱しながら。
…そう、山崎はここが弱いんだ。
知り尽くした身体。
それでも、まだこの身体は俺を煽る。

かがみ込んで、下半身を包む布を引き裂いた。

「勃っているぞ?」
「…ば、馬鹿やろ…」
「見えないのが怖いか?」
「怖いわけねぇだろ!」

そうかそうか。
なら、もうちょっとそのままでいろよ。
立ち上がってるソレに指を滑らせて、握りこむ。
「…っぅ、あ!」
「わからんなぁ」
「な、っ、や…」
先端からにじみ出た液、使って、滑りを良くしてやる。
そう、このくらいの強さが、好きなんだ。そうだろ?
「…は、ッ…」
どうせ見えないというのに、顔を反らして。
突然開いた片手で、胸を弾いてやったり。
唇に舌をねじ込んで、ゆっくりとキスしたり。
やりたくて堪らない事を、全部。
「理解できんなぁ」
指先で、ソレの裏をツゥ、となぞる。
「うああっ…!」
「納得できんなぁ」
「でき、ねぇから、やっても意味ねぇんだよぉ!!」

ん?
引きつった声、喘ぎながら、やっと叫んで。
「なんだと?」
ふと、手を休めた。
「…だから、よぉ、オメー以外と、ヤッて…、
 感じて、も、俺自身が納得できねぇんだよ」
途切れ途切れの声。
聞いて。
ああ。
なるほど。
それは。
「ソレは納得されても困るな」
「だ、ろ?」
「身体が納得せんな」
「だから、言ってんじゃ……!?ッ!!」

では、再開。
俺は愛してるから、抱くんじゃない。
お前も愛されてるから、抱かれるんじゃないんだろう?
高級な駆け引き、そう、コレはギャンブルだ。
スリリングで、たまらなく俺を煽るギャンブルだ。
こんな欲望に、つまらねえ理由くっつけて抱き合って愛してるだの愛してないだの。
そりゃ、
お前の言うようにバカバカしいぜ。

結局俺は、椅子に縛りつけたまま3回イかせた。
目隠しを嫌がるから、最後の一回は、ソレを取って。
「…や、やめろ、もう、解けよぉ…!」
見えれば見えるで、俺がしていること、それに反応する自分の身体見ちまって
大騒ぎだしよ。
そんな騒ぎ、出来なくなる様にしてやったがな。
縄を解くと、山崎は俺をベッドに押し倒して。
「…やっぱやられてばっかじゃ照れるよな」
そういって、あの苦笑い。
俺は、山崎の苦笑いが、好きだ。








解いた縄を、体中に絡ませて。
俺の上で乱れる獣。
満たすような心なんてない。
そもそも、そんな心の隙間さえ、感じない。

贅沢な、関係だぜ…多分。