飯の材料の調達。
初めはそのつもりだった。
クリードのヤツがアメリカへ行ったのは昨日。
クリードがいないから、って気ぃ抜いてたら、今日の晩メシの材料がネェでやんの。
どっかで外食とか店屋物でも良かったんだろうけどな。
まあ、暇だしよ。
たまには自分のために美味いものでも作ろうか、ってな。
車は無いから、歩いて外に出た。
アーケード街と歩行者天国を越して、入ったのは駅前からちょっと離れたデパート。
「鈴蘭」って名前なんだぜ、綺麗だよな。
時代に合わせたのかなんだか知らんが、カタカナ表記に変わっちまったけどな。
もったいねー。

よくあるだろ、デパートの地下は食品売り場、ってな。
パン屋、ケーキ屋、餃子専門店、菓子屋、サンドイッチ専門店、
寿司もオカズもなんもかんも、その奥にスーパーまがいのちょっとした材料が売ってたりする。
さて、俺が用があるのは材料…
あ。GODIVAの店、入ってやんの。
GODIVAはチョコレートの専門店。珍しいよな。チョコレートだけで会社が成り立ってんだろ。
人によっちゃヤクみてぇに毎日摂取してるやつもいるらしい。
コーラ、コーヒー、チョコレート、って、この辺のものは病み付きになるらしいぜ。
売り場の前で思わず足を止める。

…そういや、思い出しちまったよ。

あん時も、GODIVAだったよなァ…

「今日は何の日か知ってるか?」
「ああ?」

まだ俺がセイフハウスに暮らしてた頃。
いつもどおりに俺の家に上がりこんでたセイバー(この頃はそう呼んでたよな)が
俺のベッドにドカーンと寝っころがって。
まぁ、コレもいつものことなんだけどな。

ベッドサイドのソファに座って、俺はタバコに火をつけてた。
カチ、
って、ライターつかねぇでやんの。
くそ。他にライターなかったっけな…

「おい、山崎」
「ああン?」

ギシ、と音がして。
セイバーがベッドから身を起こした。
カチン。
ああ、やっぱ点かねーな。

「バレンタインデーって知ってるだろう」
「あー貰おうったって無駄だぜ…覗き込むな!」

ベッドから身を乗り出したセイバーが、ソファの背もたれにずるずると身体を移動させて、
俺をひょいと覗き込んでる。
…なに、マジメな顔してんだよ。

「だろうと思っていた」
「なら…」
「甘いものは好きか?」
「嫌ェだよ」

ううむ。と言ったきり、俺の真横にある顔が正面を向いて口を尖らせて。

「なンよ?もしかしてくれようとか思ってたわけか?男がオトコにチョコレートってか?オイオイオイ」
「ううむ」
「あのなあ、いくら俺らが身体の関係っつったって只の関係だ、ホモでもゲイでも何でもねぇンだぞ?」
「…只の関係とか言うか」
真正面を見ていたセイバーが、横目で俺を睨んで。
は、睨んだって無駄だぜ、俺は別にお前に固執してるわけでもなんでも…
手に持ったライターを奪われて。
「あ」
セイバーの指の間でパアン、とソレがはじけた。
「ンだよ!」
「口の利き方に気をつけろ」
咥えたまんまのタバコに食い込む爪が見えて、
唇からスルリと抜き取られる。
…キス、するつもりか。
あー、そのまんま、多分ここで始まるんだろうな…
手が頭をつかむから、面倒だし抵抗しないでおいた。
唇に、ポン、と当たる感触。
冷て…
冷たい?
そらしてた目を思わず自分の口元に向けると。

唇に丸いチョコレートを押し付けてる指。

「甘くないから大丈夫だ」

チョコレート、ク、と押し付けて。
食え、っての?
そりゃ、食うよ、だってこのまま我慢してたら口んとこで溶けるだろ。
ソレこそ阿呆だ。

でも、男にチョコレート押し付けられておとなしく口を開くってンはどうなんだ?

俺の目の前でしたり顔でセイバーが笑う。
自分の唇を舐めて。
俺の口元にもう一度強く押し付けて、笑う。
「仕方ない、只の関係だなんて思えなくしてやろう」
ゾクリ、と背筋が波打って、
息を飲んだ瞬間に口の中にチョコレートが滑り込んできた。



「ん、…っく」
口の中、チョコレートでめちゃくちゃ。
入れたまんまディープキス、すんげぇ甘いキス。
甘くねぇ、って言ってたじゃねぇかよ。
口元を手の甲で拭った。
「こんなもん、クセにも何にもなりゃしねぇ」
「ふん、息が荒いぞ山崎」
「…っせぇ!」
押しのけようとした腕をつかまれて、力で封じ込まれて。
カカオの匂いの息が俺の首筋を走る。
身体の中心、もう勝手に熱くなってて。
っかしいな、違うだろ、オイ、俺。
只の身体の関係だろ?
なら、感じなくっても…

片手で俺の両腕をつかんで。
唇が俺の胸へと滑って行く。
「…っ、ん、っ」
「どうした?感じているようだが」
「…べ、別になんも…」
「そうか?んじゃこうだ」
セイバーの鋭い牙の先端が、俺の胸の突起を軽く挟む。
その刺激に知らずに身体が跳ねた。
セイバー、何でそんなに楽しそうなんだよ。
俺は、苦しいぞ。
こんな耐え切れねぇ快楽なんて、そうそう、無ェ…

「っ、あっ、う」

指はすでに俺の下半身に到達していて、
熱く濡れちまってる其処を強く嬲る。
俺の顔、始終除きこんでるセイバー、何とか、押しのけ…
「無・駄・だ」
先端を滑った指先に、腰が浮いた。
「欲しいんだろう?」
「ワケ、ねぇだ、ろっ」
そう。そんなわけが、ねぇ。

いつだってそうだろ、身体の関係ってのはいつか飽きるモンなんだ。

癖になるなんて、ワケが、ねぇ…

クソ…

イキ、てぇ、ヤバイくらいに…

指と口で前を犯され
震えた指で髪をつかんだ


実際、こんな経験初めてで。
だって、そうだろ。
大概女抱くときは、男が一方的に抱くもんで。
だから、抱かれるだなんて感覚、そうそう慣れるもんじゃねぇ。

あ、駄目、だ、イキそう…

「っ…っ!?」

不意に途切れた感触に、閉じていた目を開くと。
セイバーが俺を伺うように見上げていて。
口はそこから外されてて、焦らすように舌を見せて。
「…っ…」
指先が濁流の通り道を押し上げて止めてる。
「山崎?只の身体の関係か?コレが」
「…、たしかに、イカレてらぁ」
「…イクなよ?まだまだ終わらせんからな」
…そ。
そんな、マジかよ…
「只の身体の関係とか言う言葉で終わるようなセックスをだな?」
「…、や、っちょっ…うう、っあ!」
おもむろに押し広げた俺の身体、貫いて。
「…俺がすると思うか?見くびるなよ?」
入れてるくせに、何でそんなに何もなかったような顔、してられるんだよ…!
分が悪すぎる、絶対、コレは、よぉ。
只の身体の関係だなんて思っちゃいねぇ。
だけど、そういっとかなきゃ、カッコつかねぇだろうが、よぉ。
俺の身体を思い通りにかき回して、
俺の感覚はもう頂点でぐるぐる回ってる、
早く、
その指、
離せ、よぉ…







もう完全脱力、朦朧として解放された身体がまだジンジンしてやがる。
息を切らしてる俺の口に、
ぽん。
かすかな甘みのチョコレート。
「美味いだろ」
「…甘ェ」
「いつか終わる関係だと思ってるなら、大間違いだ」
「…」

言うなよ、そう言うこと、自信たっぷりによ。
『只の身体の関係』とか言う言葉でくくってた俺が弱虫みてぇじゃねぇか。



そーだ、あん時からだ。
チョコレート、あまり食えなくなったの。
だって、食うと思い出しちまって熱くなっちまう。
…パブロフの犬?


たしか、GODIVAの、丸くて黒っぽいヤツ…
ショーケースを覗き込むと、丸くて黒っぽいやつはいくつか種類があった。
どれだったっけな。
…思い出したら、勃ちそうになっちまったよ。
ったくよ、慣れたしクセになったし、実際終わってねぇしよ。関係。
この丸いやつ、ちょっと似てるな、いや、コレもそうかも?

「おう、端から一個ずつ全部な」
「ハーイアリガトウゴザイマス」
デパガってのは、何でこうカタカナで喋るかね。
って、何で俺もチョコレート買ってるか。


癖に、なったよなぁ、ホント。


食料の調達も終わって、(チョコ以外も買ったぞ)暗闇に近くなりかけた町並みを横目に、歩く。
歩行者天国にはまばらな人影。
手元の袋から、指先に当たったひとつをつまみ出して口に入れた。
色々買ったからな、丸くて黒いヤツ以外も混じってる。
指先はつい、丸い形をしたやつを探っちまってて。
見当をつけて口に入れた。
多分、コレじゃないんだろうな、なんて思いながら。

おんなじ味がして。

思わず動かしてた口を止めた。

足も止まって。

しばらくの間、口を動かさずに、あ、俺歩いてねぇや、気がついて歩を進める。

口の中で溶け始めちまったチョコレートに気がついて、口の中を舐めた。

悔しいよな、あの自信がこう、現実に形をなして俺の身体を蝕んでるってのはよ。
ったく、俺もマズイ経験しちまったよな。
全然後悔してねぇけどな。
思わず、笑みが漏れた。
後悔、しろよ、俺。ったく、なぁ。


見上げると、星も月も雲も見えない真っ暗な空。
この空をたどれば、あのオッサンが俺に会いたくってうずうずしてる、なんてよ。
笑っちまうよな。
空に向かって舌を出した。

お前の好きなカカオの匂い。

クセになったのは俺じゃなくて、お前のほうが先。だろ。
チョコレート、いくつか買っておいてやるよ。


病みつきだろ?だよなぁ。はは。
ったく、俺もだよ。