「いってくるからな」
「おう」

キイ、パタン。

ガチャ。

「車は借りておくぞ」
「…おー」

キイ、パタン。

ガチャ。

「そうだ、机の上のパソコンをいじるなよ」
「わかってんよ、探りっこは無しだろ?」

キイ、パタン。

ガチャ。

「…えーと、とにかく行って来る」
「…」

キイ、パタン。

ガチャ。

「んーーー」
「さっさと行けーーーーーーーーーーー!!!!」



やっと行ったよ。
車の音と、鉄板がバタン、とタイヤに踏まれて飛び上がる音。
ああ、出て行ったな。
まあ、3日くらい、別になんともねぇだろ、もともと俺は一人で暮らしてたんだしよ。
逆に、たまにゃこういうのも清々(せいせい)していいやな。
さて。
と、まあそんな感じで、メシ食ってみたり犬を引きずって散歩してみたり(歩けよ)
アメリカルートがちょっとした騒ぎ(あれな、あのビル突っ込み事件)によって
規制が厳しくなりだしたから、面倒でも海上や飛行機を使わねぇルートを新しく作り直さなきゃならねぇ。
まあ、別段たいして面倒なことでもねぇんだがな。
何でかって、いわばクスリの必要なやつはどこにでも転がってるってコトさ。

…クリードのヤツ。また、戻ってきたりしねぇだろうな。

タイル張りのような床の玄関先にちょいと扉を開いて顔だけ出して。
面と向かってあるのは隣の家の塀だから、そこからちょっと左を見るとこの家の駐車場。

戻って、こねぇよな。
ん?微妙に期待?してるわけねえだろ、けっ。

暇だな。
結構やることは沢山あるのに、手をつける気にならねぇ。
なんか、気が抜けちまうな、やっぱクリードってのは俺にとってなんかこう、エンジンのブースターみたいなもんなんかな。
うん。
うん?
いや、「うん。」じゃねぇッ
あー
暇だな。
犬でも引きずるか。
ッつーかなんて名前なんだこの犬。
犬小屋に名前くらい書いとけっての。

昼飯でも食おうかな、と思って冷蔵庫を開けて、やる気がしなくて茶を入れてコーヒー入れて牛乳飲んだ。
うう、水ッ腹。

ヤバイな。
クリードがいるってコトが癖になっちまってる。
まあ、あんな爆弾抱えてずっと暮らしてたわけだ、
その爆弾が突然いなくなったんだから、気が抜けて当然か。
しかしなぁ。

…つまんねー。

いやいや、俺一人でもやることがあるはずだ。
漫画読んだり、雑誌めくったりテレビ見たりメシ食ったり寝たり
あああああああーーーー!!!!?
なんだそりゃ、なんだそりゃッ!
それじゃまるでどっかの専業主婦じゃねぇか!

まずいまずいまずい。何か別のもっと他の。
…ゲームでもするか。
…なんなんだ俺。うぐぅ。

誰かに電話でもしようか。
んにゃ、なんかそれは俺が暇をもてあましているっぽくてヤだぞ。
そもそも、用がある相手がいねぇ。
ルートの確保はもうしちまったし(我ながら手際よすぎ)、
…篠原の家は俺に取っちゃ安全すぎる。

暇だ。

…イヤ、暇じゃねぇ。

…いやいやいや、本気で暇だ。暇だということを認識すんのもヤだけどコレが本当なんだからしょうがねぇ。


あ、
そーだ。
ビデオでも借りてくるか。
…CD聴くって手もあるな。


最終的に、俺はテレビつけて、コマーシャルひとつ見て飽きてゲームを始めた。
推理型のアドベンチャーゲーム。
ダラダラと時間をつぶすにゃ、もってこいのゲームだろ。
…ふいに、背中が寂しくなって振り返った。
結構、広いんだな、この家。
俺一人が住むにゃあ、広すぎる。







りー


「?」


りー


「あん?」


何の、音だ?
ふ、を眼を開けると、テレビの画面がちらついてて、ああ、ゲームしながら寝ちまったのか。
時計を見ると、夜の8時。
いつごろ寝ちまったんだろう。
まったくといっていいほど、記憶がねぇ。
しかし座ったまま寝てるなんて、俺も馬鹿…イヤ、器用だなァ。
電気つけてねぇから、周り真っ暗だよ。

りー

なんだよ、さっきからうるせぇなぁ
…。
この音って?

電話。

「!」

ガバ、と立ち上がって、受話器を引っつかんで取った。
「…!」
第一声が見つからずに、思わず息を飲む。
『ハロー?』
「…クリード…」

聞きなれた声。
でも電話越し。
でも聞きなれた声。
突然、なんか満たされた気分になって。
まずいよな。
なんか、ハマっちまってるよな。
「よぉ…」
『そろそろ恋しくなっただろう?俺の身体が?』
「…阿呆死ね」
ははは。
やっぱ、クリードだ。
どうしよう。
クリードだよ。

口元が勝手に緩んじまう。見えないから、イイよな。

「着いたのか?」
『ああ、ちょうど今ワシントンだ、コッチは朝の6時だぞ』
「朝出て朝に着くたあ、おかしなモンだよな」
『時間をさかのぼったみたいで気持ちが悪い』
本当に気分が悪そうに、クリードの声はそう言って。
だろうな。
あのオッサンは、自分のペースですべてが進まないと気にいらねぇって言う
底知れぬ我侭のカタマリ野郎だ。
ま、俺もそうだけどな。
「で、なによ?着きましたってご報告かよ?」
『そう言う電話で終わると思うなら、まだまだ甘いぞ山崎』
「…ってぇ、国際テレフォンセックスとか言うなよ?」
『…あー』

おいおいおいおい。何で黙るんだよ図星かよ…

「…今、どこにいるんだよ?」
『空港のホテルだ』
「周りに人は?」
『いない』
嘘だろ、それ。
ざわざわざわざわ、って、聞こえてくんぞ。下手すりゃ人いきれまで漂ってきそうなほど。
「せめて、部屋に行けよ」
『まぁ、そう言うな、アメリカはオープンな国なんだ』

いくらなんでも、そこまでやりゃオープンすぎだよ。
何とかクリードを説得(言い負かしたとも言う)して、
部屋に入らせて。
はいらせたってコトは、俺もノリ気かよ。
…ったく、ろくなこと覚えさせやしねぇこのオッサン。





「マジで、すんのかよ?」
『イヤとは言わせんぞ、言うならそれなりの報復をしてやる』
アメリカくんだりからどう報復するっての。
ったくよ。
本当に、どこ行っても勝気で王様なヤツだよな。
『山崎』
「ん?」
『少しは、寂しかったか』
「…そうだな、少しな」
『やけに素直だな』
「嘘かも知れねーぞ、顔みえねぇからって調子に乗って騙してるのかもなぁ?」
『やけに素直じゃないな』

うっせーなぁ。

電話台に背をもたせて。
クリードが何も言わないから、指を腰の辺りから突っ込んだ。
指先に当たる感触、軽い刺激。
「…ッ」
『山崎?』
「…ァ」
お構い無し。
素直じゃねえからな、どうせ俺は。
どうにもなら無いその場所で、せいぜい煽られて歯軋りでもしな。
それくらいさせねぇと、俺の気分がおさまらねぇ。

何故か置いていかれたような気分になっていたのは、お前の所為。
だから、お前にもそれ味合わせてやンよ。

「ア、ッ、…」
『お、オイ、ちょ、ちょっと山崎待て!』
「ヤ、だね…ん、やべ、すげ、善い…」
『…ッ…!!!!こ、この、生殺しかー!』
今頃、気づいたかよ。
でもそれって、いわば”お互い様”ってヤツじゃねぇの?

ドキドキ、しちまってくれよ。
今すぐに帰ってきたくなるくらい。
それくらい、いたぶりあわねぇと刺激にも何にもならねぇだろ?
『っち、やってくれる…後で覚えていろよ』
「…ッ、あっ」
『…山崎ィ〜〜』
「ン、な、なによ」
『わざと、煽っているだろう!』
受話器に向かって舌を出して。
肩と頭で挟んで、両手を開放した。
出した舌先に、指を当てる。
「なあクリード…」
『な、なんだっ』
「俺の舌って、あったけぇんだなァ」
『…うう、』
「?どうした?」
『感触、思い出して勃っちまった…』
「それ、自分でしろよ」

珍しく、支配的な気分。
なんだろう。
殴んなくても暴れなくても相手がキュウって言っちまう様な空間、その頂点の俺。
クリードの声が向こう側で詰まった。
「できない?恥ずかしいとか言わねぇよなァ?今更よ?」
『…随分、煽るな…』
「たまにゃ、良くねぇ?」
『満更でもない』

はは、お互い病気だよな。

真っ暗な部屋の中で、多分”見えない”って言う魔力に狂っちまったんだ。
見えるコトでストップ掛けてる部分ってあるよな。
あー、ってコトは箍(たが)が外れちまったようなもんか?
あぶねぇよなぁ、実際あぶねぇ、かなりあぶねぇってよ。
じゃなきゃ、まずいぜ、こんな触れただけでイッちまいそうな快楽…







電話を切ろうと立ち上がって。
電気をつけた。
不意に周囲が広くなって、あわてて電気を消す。
「車は空港だろ?」
『ああ、うん、まあな』
「なんだよ、ハッキリしねぇな?」
『…ちょっと面食らってるだけだ、どうもお前の善い様にされた様な気がして納得行かねぇ。」
普段俺をアレだけ善い様にしといて、よく言うぜ。
『普段、善い様にされているとの実感があったのか』
「…う、うっせーな!」
『ほぉ、そうかそうか』
なんで、声が満足気なんだよぉ〜〜。

「そんじゃな」
『ああ、俺はこれから仕事だ、面白い体験させてもらった礼は必ずする、覚悟しておくがいい』

げ。
余計なコトしちまったかななんて、今更。
『そりゃ今更だ、取り返しがつかんぞ?』
「ってぇ…」
『自分がしたコトを思い出してみるんだな?』
声が、笑ってて。
思い出すとかそう言うの、俺が苦手なの知ってるくせによ。
やっぱ、クリードが一番危険だよなぁ、俺のツボを覚えてやがる。
どんな女も気がつかなかった俺のヤバイとこ、平気でえぐってくるからな。
だから、やめらんねぇ。

「んじゃ、俺はメシくって寝る」
『また明日だな』
「ん」

また明日。
この言葉がこんなに強い影響のあるものだなんて始めて知ったぜ。
また、明日、か。
「ああ。また明日な、気が向いたら電話に出てやるぜ」

クリードの含み笑い。
こんな気持ちのいい関係があってたまるかよ。
受話器を置きざま、その受話器の背をちょっと舐めた。
クリードには見えないちょっとしたコト。

チン。

受話器をそのまま置いて。

電気をつけた。

残り香追う様な真似なんて、俺らしくもねぇ。
さて、気ままにやらせてもらうとするか。
そう、いつもどおりに。
ブースターがどっかいっちまって腑抜けちまったかななんてのは、俺の思い込みだったようだからな。
アイツはいなくても俺のエンジンやけに空ぶかししやがるからな。

まったく、ひでぇ刺激物になれちまったもんだ。

めちゃくちゃ気分が良くて、おっと、自分がしたコトは思い出さないように、っと。
…照れるしよ。
どうせだ。イタズラを沢山仕掛けておいてやろ。
そう思ったら、わくわくしちまってもう、やばいってばよ。

そうそう、明日な。
どうする明日。
どうなる?明日。

明日に期待するってのも、悪くねぇ、そう思えるのって、最高にスリリングだとおもわねぇか?

そーそー、どうするよ?明日までに…?
暇なんか持て余しちゃいらんねぇよな、実際…