ガタガタガタガタ!
慌て過ぎて玄関でスゴイ音立てて
段差でけつまずいて、体勢立て直したら、目の前にクリードがいた。
「何の騒ぎだ山崎…」
その言葉に、立て直した体勢がフラっと崩れて。
「おい!」
抱きとめられて、でっかい身体に身をもたせかけて。
俺、ずっと、目、まん丸。
ぱくぱくと口を開いて、
「なんだ?どうしたんだ山崎?」
玄関の向こう指差して
「向こうに、何かあるのか?」
うんうんうん。
「大丈夫か、少しは落ち着け」
そう言って、俺の頭をよしよし、と撫でて。

はー。
とにかく、落ち着いて。

…って、なんでコイツ俺の頭なでてんだーっ!

げし。
「痛。」

痛くて当然だ。

「何があったんだ山崎?」
そうそうそれそれ!
ソレがもう、俺は予想もしてなかったから
っていうか、何とかしないとまずいだろ
っていうか
「いぬ!」
「犬?」
「外にいんだよ、犬がよ!」

クリードがあからさまに妙な顔して。
確かに、犬ごときで俺があわててるのはおかしいよな。
ソレは俺もわかる。
でもなぁ!

「腹へって死に掛けてんだよ!」
「犬がか?」
「そうだよ」
「だからといって餌をやる必要もあるまい?」
「…」

スリッパはいて、立ったまんまのクリード。
その前に、俺はドカンと腰を下ろした。

「その必要があるんだよ!」
「なぜだ」
「篠原の犬なんだよ」





その犬に気づいたのは、今朝。
ずっといたのに気がつかなかったくらいだから、ぜんぜん吼えねぇ犬で。
クリードとなんかつまんねぇことで言い合いして、
面倒になったから、タバコもって外に出て、
遠くへ行く気もなかったから、家の周りをぐるっと一周

したら。

「?!?!」

足元になんかいるぞオイ!?
ってな具合で。

もちろん、犬小屋もあって。
そんなかで、じっと転がってる。
目の前においてある餌箱らしき皿には、メシのカスひとつなくって。

生きてるのか死んでるのか。
ピクリとも動かないその毛玉、かがみこんで触ろうとしたら…
ふ、と上げた顔が
ブルドッグ!!!!!

んぎゃー!!!





「…ってなわけよ」
「ッてな訳か」
はぁ。
「と、とにかくなんか食わせねぇと」
あんなヘロヘロのブルドッグ、はじめてみたぜ俺ァ。
そそくさと家に上がりこんで、ドッグフードがたぶんどこかにあるはずだとは思うんだけどなあ…
篠原のヤロー。
犬がいるならいるで、何か一言言っていけばいいんだよ!
腹減らしちまって、鎖つながれたまんまでよ。
アレじゃ自分でメシ探したくても、無理じゃねぇか。
ったく篠原ってのはどこか抜けてるって言うか、仕事以外はまともにできねぇって言うか
まー俺にとっちゃ仕事できりゃ別に後はどうでもいい話なんだがなー
ここの扉は押入れか?
うお!この家、便所2つくっついてるでやんの!
押入れみてぇなトコロに入ってんじゃねーかなぁと思いつつ、アッチをパタンこっちをパタン。
「?クリード?」
「なんだ」
「あんなあ!手伝えよ!」
「なぜ俺が手伝わねばならんのだ」
「…ああ?…てめー俺が探してるんだ、手伝って当然だろうがっ!」
クリードに向かって、ガー!と牙を剥くと。
ふん、と鼻で返されちまった。
なんだよ、拍子抜けすんじゃねえか。
いつもだったらここで胸倉のひとつでも掴んだりとか
叫び返してくるとか

「まさかオメー…犬苦手なんじゃねえだろうな…」
「…」

おいおいおいおいマジだよ!?

「苦手なのか?マジデ?嘘じゃねくて?」
「…別に」

なんか、不機嫌になっちまったクリード。
茶化す俺をおいて、居間に消えちまった。
なんか、さっきの喧嘩、クリードの中ではまだ引きずってたのかな…?
本当に些細なことなんだ。
タバコの銘柄の趣味で言い合いになって、
それだけ。
個人の好みの話はこないだ、決着したと思っていたのによ。
やっぱこう、好きなやつが自分の好きなもん認めてくれねぇってのは
寂しいモンかね。
…自分で「好きなやつ」とか言ってんじゃねぇよ俺。

しかたないから、
ドッグフード買いに行くか?
あ、そうか、篠原に電話…
黒電話(!?)の受話器をとって、
じーころじーころ。
携帯にも国際電話があるってのは驚きだな。

「ジジ、ジジジジジ」

…つうじねぇ!!!

ルーマニアの、どこだ、田舎か…

意味ねーじゃん携帯。

もう篠原もクリードも当てにするのをあきらめて。
冷蔵庫を開けた。
「食わせるのか」
「あ?」
居間の奥から、クリードの声。
「ったりめーだろ。餓死させるわけにゃいかねぇしよ」
「…」
「なんだよ」
「別に俺の意見を求める必要もなかろう」
「…」
なんだよ。

居間に突っ込んでいって、殴り飛ばしてやってもいい。
でも、その前にあいつに何か食わせねぇと絶対ヤバイ。
…っていうか、クリードのやつだったら、匂いで犬がいることに気づいてたんじゃないか?
…酷いヤツだな。見損なったぜ。
俺が茶化しても乗ってこねぇしよ、なんか、置いてきぼりって言うか
ほったらかしって言うか、
つまんねーじゃねぇかよぉ。

もそもそと冷蔵庫を探って。
肉、でいいかな。
あと、なんか…
そだ、缶詰があったよな、牛肉の大和煮。
ソレを出してきて、ざるに空けて熱湯かけて、塩気を抜いた。
「んっしゃ。」
これで、いいだろ。

それを手ごろな器に入れて、これ、くれてやればちょっとは元気に…
あとで、犬メシ買ってきてやらねぇとなぁ。

ぺたぺた、
と、スリッパをはかない俺の足音が響いて、玄関まで。
「ソレをやるのか」
「…」
振り向くと、いつの間にか俺の背後にクリード。
「なんだよ」
「…俺も腹が減っている」
「これはやらねぇぞ」
「いらん!」
むすっとしたままのクリード。
ほっといて、玄関先に靴を履いて出た。

家の裏手に回ると。
情けない顔のブルドッグが、俺に向かってうなってる。
「メシだよメシ。」
そう言って俺が器を差し出すと。
途端に豹変して。
くーんくーん。って、甘え声。
欲しかったんだなぁ、よかったな?
なんか、喜んでる様子見てうれしくなって。
でも変な顔…
「ほれ食え」
器の肉を犬の器にもそっと移してやると、匂いも嗅がずにバクバクと食いはじめた。
かがみこんでる俺の後ろで、クリードはむすっとして横を向いたまま。
むかつくなら、来なきゃいいのによ。
「犬に嫉妬なんてなー」
「し、嫉妬じゃない!」
「へぇ?あれ?違うんか」
立ち上がって、クリードの鼻先でふふんと笑ってやる。
こういうの、悪女って言うんだろ。
ん?女じゃねぇぞ俺ぁ!

ばふばふ、と足元で音がして。
…きったねぇ食い方。
こぼしてんじゃねえかよ。
皿から飛び出ちまった肉、皿の中に戻してやって。
かがみこんでた俺のほっぺた、そいつがベロンと舐めた。
「うげ」
「……−−−−−!!!!」
「まままま、待てクリード!!!」
ブルドッグに突っ込んでいきそうな勢いのオッサン、あわてて抱きとめて。
「犬だろ、相手は犬だろうが!」
「気に入らん!」
「犬だろうがよぉ。」
俺もいい加減、呆れてきて。
こんなに独占欲が強いとはな…。

うれしいような、恥ずかしいような、馬鹿っぽいような。

何とかクリードをなだめすかして。
っつうか、動じねぇな、クリードが威嚇してんのにこの犬。
あ、と言う間に全部食べ終わって。
当のクリードでさえ、呆れ顔。
食い終わったブルドッグ、名前もわかんねぇけど。
何か満足したのか、うれしかったのか。
すり、と、身体を摺り寄せて…

クリードの足に。

「…ッ」

俺がメシやったんだぞオイ。
すりすりすりすり。
ばう。
ガン!!!

「オイオイオイ、山崎いくらなんでも殴らなくても!」

犬の脳天、俺のこぶし直撃。
気にいらねー!
俺がメシやった
っていうか、
クリードにすりついてんじゃぁねぇぞ!

…う

ぐるるるるるる、と俺に向かってもう一度うなり始める。
クリードに向かって尻尾振って。
俺に向かって、うなって。

…なんだよ。

なんか、すんげー
寂しい。
別に、どうってことねぇよ、今までだって犬じゃなくても人でも何でも、俺は嫌われてきたしなあ
と、そっぽを向いて。
それでも聞こえる唸り声に、
むっかー!!!!
「アホ犬がぁああ!」
ゴン!!!
俺の出した手に噛み付こうと身構えるより早く、その脳天直撃第二段!!!
「や、山崎…」
「るせぇ!」
「…あー」
「ああ?」
「嫉妬か?」
ニヤリ。

…ぐ。

家と家の隙間、篠原の家の裏の家、綺麗なんだけど、誰も住んでねぇ。
お稲荷さんが横に祭ってあって、其処も綺麗にしてある。
でも、誰の出入りもねえ不思議な家。ソレが裏手に面している家。
だからって、言って。
クリードのヤツ、突然俺の頬を舐めだして!
「な、な、な…なにすんだよぉ?!」
突然だったからだよな、俺、真っ赤になっちまって。
犬がクウンと鳴いて、
仰向けに転がってる。
両隣の家は塀が高くて目隠しになってるからって。
犬小屋に隣接する篠原の家の壁、
肩を強く押し付けられて、クリードが舌なめずりを俺に見せた。
「…いくらなんでも朝っぱらから外、ってのは、なぁ、ちょっと…」
「んんんん?」
首を軽く傾けて。
ゆっくりと俺の唇に近づいて、息を吹きかける。
「んっ…」
「犬の匂いがするな…」
「さっき、舐められたからだろ…」
「消してやる」
クリードの舌、俺の頬をじわりと舐めて。
唇、じらして、ほっぺたに行っちまうなんて、くそ、卑怯だろソレはよぉ…

「い、犬が見てるって」
「見せてやれ」
「や…め」

体中、大きな手の平と太いくせに繊細な指でまさぐられて、
身体が、その気になっちまいそうで、
突き放して逃げようとしたら。
犬が、俺を見た。
悪いな。
俺はお前の飼い主じゃなくて。
コイツ、この馬鹿でかいケモノの飼い主なんだよ。
飼ってるのか飼われてんのか、わかんねーけどな。
いーよもう。
見てろよ。

「ンン…ッ、は…」
「いいのか、こんな所でそんな声出して?」
「してんのは、テメー、じゃねぇかよ…っ」
腰の辺りから布をめくって直接差し込まれた指。
2本の指で軽く挟むような、軽い刺激が連続して続く。
クリードが差し出したもう片手の指、口に含まされて。
舌で、ソレを犬みたいに舐めた。

「俺の匂いがするな…」
俺の身体に顔を埋めて。
クリードがそう呟く。
俺には匂いはわからねぇけど。
「犬をあまり構うな…」
「わか、ってんよ…」
「まぁ俺の気持ちは身に染みてわかったようだしな?」
きゅ、と強めに握り締められて。
声が漏れそうになって、手の甲で塞いだ。

そう、わかってんよ。
オメーを俺の縄張りに入れておきたい俺のことも
俺を縄張りの中に入れておきたいお前のことも
わかっちまってるよ。
ごめんなあ、犬。
俺、お前よりこいつの匂いの方が好きみてぇ。





結局、外では最後までしなくて(助かった…
でも中に入って、続きはして(ある意味助かった。
俺の口から
「散歩」
って言葉が出たら、またクリードがむっとした顔したけどよ。

「散歩行こうぜ。オメーと俺で。犬は付属、ってんでいいだろ?」

俺の言葉にクリードが苦笑いして、俺の勝ち。
散歩に連れて行ってやろうとして、俺が犬に近づいたら、
仰向けでゴロン、って、降参のポーズ。
クリードが大笑いしてて。
いくら俺が引っ張っても転がったままで、
困った挙句抱き上げた。

犬、持ったまま散歩。
これ、散歩って言うのか?



しかし、初めて感じた嫉妬が、犬相手とはなぁ…。
俺も、まあ、この馬鹿でかい野獣に惚れちまってるってことか。
妙にそんなことを再確認しちまって、照れた。



むすっとしたまま、むすっとした顔の犬抱いて、その俺見てむすっとしてるおっさんと散歩。


ほんっとに、参るよなぁ。


そう思ってる俺の顔、微妙に笑ってた。
自分の気持ちに気づいちまった、くだらねーハナシ。
今度は絶対素直に嫉妬なんかしてやらねーからな。

もそもそと俺の腕の中で動いたダレ犬が見透かしたような目で俺を見てた。