「ってよ、面白いんだって」

さっきから山崎は、俺の知らない話をしている。
ナイフの種類のことらしいが、さっぱりわからない。
山崎は常に身体のどこかに、刃物を仕込んでいるのだが、
必要が高じてなのか、ナイフを集める趣味があるらしい。
ゾーリンゲンくらいまでなら何とかわかる。
しかし、事が材質のハナシだの、ブランドのハナシだのに及び始めると、
まったく意味がわからないと言うか。

これがどーで、あれがどーで。
「ふん」
と、相槌を打ってはみるものの。
なんだか、面白くない気分で。

山崎が俺のわからない話をしているからだ。

話題を共有できずに、困ると言うより、そのナイフ自体に嫉妬心さえ怒ってくる。

まぁ、好きなんだから仕方がない、話している姿はとても楽しそうだし。
…と、自分に言い聞かせてはみるものの。
そんな話を俺に聞かせて、どうしろというのだ!…と、
言う気にもなってくるのは、正直な話、本当だ。

前に、山崎が反町の話をしてくれたことがあった。
俺はその時も同じ様な気持ちで。
いい奴なんだろうと言うことはわかる、
山崎をこの世界で生きていけるように育てたくらいだし
それなりに力はあったのだろう。
…俺のほうが上だ。
言ったところで、死人相手だ、どうしようもない。

「クリード、ノらねぇみたいだな」

俺の様子に気づいたのか、山崎がきょとんとした顔でそう言う。
そんな顔をされてもだな。
つい、面白くないという顔をして、そっぽを向いた。

「なんだよ」
「俺にそんな話をされても困る」
「別に、ナイフをお前に勧めてるわけじゃねぇよ」

山崎が苦笑いする。

山崎の苦笑いは好きなのだが、このときばかりは、引っかかった。
…引っかかる自分もどうかと思うが。
「俺の好きなものの話もできねぇの?」
「…なぜだかわからんが、あまりいい気分ではない」
「なんでよ」
「嫉妬に近い気分になる」
…それはたとえば、そのナイフを嫌いになりそうなくらい。


今日は朝から、テレビもつけずに、朝飯も食べずに。
目が覚めたら、隣で山崎が雑誌をぱらぱらとめくっていて。
その雑誌を除き見たら、ナイフの雑誌だったから。
ちょっと、話しかけてみたら、このざまだ。
無論、昨日の夜の行為を終えた後の睡眠だからな、
二人とも、裸だ。
シーツに山崎の匂いが染み付いていて
それに包まれていると言うのに、俺の知らない話を楽しそうにする山崎はどこか遠く見えて。

同じものを共有して安心するのは、単なる仲間意識だろう?
自分に言ってみる。
「俺だってなー、俺の好きなモンがあって、それがお前と同じだとはかぎらねーわけよ」
山崎の知ったような言葉。
手は、雑誌をめくっていて。
目線は俺ではなく、そっちの楽しいことに注がれたまま。
「山崎。」
「んー?」
「こっちを見ろ」
「なんでよ」
「俺がいるからだ」
はぁ?
と、妙な声を出しながら、山崎が笑う。
笑っている場合じゃない。
俺には笑い事じゃない。

…近いと思い込んでいたものが、意外に遠くに感じる瞬間

それもひっくるめて、惚れているはずだと思っていたのに、
嫉妬心の起きる自分に、腹が立つような気分がして。
自分はこの程度の気持ちだったのか、なんて、自分の信頼感を疑いそうになる。
俺はこいつに惚れてたんじゃないのか。
だったら、こいつの好きなもの、好きになったっておかしくはないだろう?
なのに、
好きになるどころか、
見る前に拒絶している自分がいる。

狭いな…俺も。

裸の山崎の背中。
うつ伏せになって本を開いているから、その背が軽く反っているようで。
汗の引いた身体、
俺たちの接点は身体しかないのか。

…こんなことを疑うなんて。
疑う自分が嫌になる。

「俺の趣味だし、押し付けようとは思わねぇよ?」

山崎の、こちらを向かない言葉。

「押し付けられようとは思わない」
「だったら、いいじゃねぇの。」
「そう思うなら、俺に自分だけの趣味の話しをするな」

「…なんだよソレ」


雑誌をパタンと閉じて。
山崎が俺に向き直った。

「俺の身体以外受け入れられねぇみたいだな」

低い調子の、しかし抑揚のない言葉。
その顔を見ると、さっきまで楽しそうだった顔とはまったく違う表情…
しかし、
俺には興味がもてない。
ソレを押し付けようとしているように思えるのは、俺の勘違いなのだろうが…
ナイフの良さを切々と語る山崎は、
嫉妬の対象にしかならなかった。
楽しそうなのが気に入らない。
俺を見ないのが気に入らない。
俺が楽しめないのが気に入らない。
お前が楽しそうなのに、俺が楽しくないのが、気に入らない。

そうなる俺が、気に入らない。

そうさせるお前が気に入らない。

こんな感情を俺に起こさせるなんて、そもそも、いい度胸なんだ。
「クリード?」
「聞かん」
「ちょ、ちょっと…」
身体だけしか受け入れられないなら。
こんな遠くに感じちまってるこの気持ちを、
身体をあわせることで近くに感じるしか、ないのか。

こんなセックスなんて、一番嫌いなのに。

「コレじゃ何も楽しめねぇだろ!?ちょっと待て!」

俺を押しのけて逃げようとするその身体、掴んで。
這いつくばってベッドの外に手を伸ばす、…させるか。
そんな体勢。
俺の格好の餌食だろうが。
「…う、ぅぁああっ!??!」
膝を立てた腰を掴んで覆いかぶさるように突き入れた。
誤魔化している。
こんなやり方。
気にいらねぇ
癪に障る
山崎。
近くに感じるには、近くに行くしか、ないのか?…なぁ、山崎…。

苦しそうにゆがんだ目、
みなかったフリをして。
シーツを掻き抱く指、
知らないフリをして。
「貴様の、所為だ…!」
「何で、俺…、ん、ぅ、あッ…!!」
睨みつけようと力を入れた瞳が、俺の動きで切なくゆがんで、強く閉じた。
歯軋りの音。

抱いているのに。
なぜ、遠いまんまなんだ?!

焦りを覚えて、身体を掻き抱いた。
起こし上げて俺の上に座らせて、
抱きしめて、
ここにいるというのに、この腕の中にいるのは山崎だ。
そんなことはわかっているのに。

遠ざけてしまったのは、俺だろう!!!!

「貴様の、所為だー!!!」

爪を立てて、首元から腹まで、一気に引き裂いた。
「……ッぎ…」
食いしばる口元、息を止めて開いた口から、舌があえぐように見え隠れする。
かわいそうに。
こんな痛い目に合わされて。
俺の勝手な気持ちで。
こんなに血を流して。
もっと。
もっと、俺に汚されて、傷ついて、壊しちまえば
「違うんだ…」
「…ぐゥ…」
「違う」
「な…ん」
血に濡れた手の平。
痙攣する身体を抱きしめて。
「思い通りにならないと殺したくなる…いや、違うんだ」
「クリード…っ?」
ヤバイ。
俺の中の
アレが
また、目を覚ましそうに…

手の先に
指先の触れる感触
ふ、と目を開く。

血塗れた俺の指を、山崎が口に含んで。
舌先が血に濡れて真っ赤に染まるのを見た。

「何で、笑っていられるんだ山崎…?」

そう、
その口元が、笑っていて。
そう、俺の好きな苦笑い。

「俺がお前の気に入らないことしたらなぁ」

「俺を止めていいぜ」
え?
「その権利がお前にはある」
俺に?
「他にはねぇけどな」

指を奥まで含んで、濡らして。
首を軽く反らせながらゆっくりと抜き取る、その様を俺に見せる。

「俺に、その権利があって、いいのか?」
「俺は俺、だから、俺の時間は俺のため」
「?」
「だから、お前の時間はお前のモン」
「??意味が…」

俺の根元をぐっと締めて。
「う…」
「俺の時間、お前にまで楽しまれて、たまる、か、ってぇの」
自分から、
山崎が動いた。
「っはぁ…ッ…」
「刺激的な、事をするじゃねぇか」
「オトモダチ、じゃぁ、ねぇんだからよぉ」

ソレもそうだ。
なぁなぁ、なんてする必要、無い?
そう、言うのか?
「山崎」
「ん…」
「こっちを向いて座らないか」

俺の言葉に、
いったん身体からソレを抜いて。
「んぅ…」
もそもそとシーツを掻いて、俺のほうに向き直って身体を沈める。
「俺はお前のすべてに惚れていると思っていたんだ」
その、向き合った目線に向かって。
俺のこの気持ちに対しての、お前の気持ち。
見せてはくれないか?
伺う俺に、苦笑い。
「俺の好きなモンに惚れた訳じゃねぇだろ?」


…やられた。
まったくだ。



俺の気持ちに、一言で整理つけるなんて。
まったく、惚れてよかったぜ。



「…朝、から、元気だよ、なぁ」
「お前もな」
俺の気持ち見透かして笑うから。
その背中、ベッドに押し倒して、
照れたからな。
やられたからな。
俺のこのやり方は、お前への報復だよ。
「…や、やめろよそんなん…!!!」
「んー?」
正常位のスタイルから、山崎の膝の裏に手を通して。
その膝を、その肩に押し付けるようにして身体を丸めさせた。
「何すん…ッ」
「一番深く入るらしいぞ?」
「や、やめろよ、いくらなんでも裂ける…!」
そうか?
そうでも、なさそうだぞ?
お前の気がつかないうちに、俺の根元までくわえ込んでんだよ。
動き始めた俺に、懸命に腕を突っ張って、
ソレが出来なくなるくらいのコト、俺が頑張って見せてやろうじゃないか。
「…ッ、…!」
声、出なくなってる顔、そむけて。
「見ててやるから、感じてるトコロ見せてくれ」
「や、いや、だ、ッ馬ァ鹿、ヤロォ…!!」
まぁ、せいぜい暴言吐いててくれ。
そのほうが燃えるんだからなぁ。
嫌がっていないのは一目瞭然だし、
まぁ、慣れないヤリ方に困惑してるのも一目瞭然だがな。
「俺がお前の気に入らないやり方をやったら」
「…ぁ……ッ…」
「止めていいぞ?止められるのならな」
「…止め、ねぇ、よ」


二度までもしてやられた気分になって。
報復だ報復だ報復だ。
俺は完全に照れていて。
ソレを誤魔化しているのも一目瞭然。
山崎が気づいているかは別にして。
どんなに悲鳴を上げようとも、見せない涙を見せようとも。
俺が惚れた男に、俺はさらに惚れさせられちまったんだ。

やられたぜ。本当に、な。









調子に乗った俺は、山崎を気絶させちまって。
ちょっとの間、髪なんか撫でてみたりしてたんだが、
だんだんと手持ち無沙汰になって。


…つい、ベッドサイドにある雑誌を開いた。

「ダイヤ?入りのナイフ?意味があるのか?」

ペラ。

「…柄がマジンガーZ…」

ぷ。

噴出しそうになって、口元を押さえた。
山崎の様子を伺うが、気がつかれた訳ではないようだ。
から、
もう一枚めくって。

「…ふむ」

いいな、このナイフ。
なんて、思って、ソレに見入っていたら。
「…おっさーん」

ギク!

雑誌を取り落とすと、山崎が苦笑いしてて。
「なぁに、読んでんだよぉ」
「ひ、暇だったからだ!」
「マジンガー見たか?」
「見た」
「馬鹿だよな」
「馬鹿すぎる」

そう、このページ。
よく見ると、端のほうにグレートマジンガーバージョンとか
『種類豊富に取り揃えております』
と添え書きなどがあって。
二人で、指差して笑っちまった。
「どこで使うんだコレは!」
「飾るんだろ、床の間とかによ!」
シーツばたばた振り回して大笑い。


案外、どうにでもなるもので。


そうだな、こっそり注文しておいて、プレゼントでもしてやったら面白いかもな。
真顔で「買うなよ…」とか言われるのも一興かもしれん。




ナイフに惚れた訳じゃない。
そう、お前の言うとおりだ。
お前に、惚れただけだ。




安心、させやがって…この俺が参るわけだ。