かたかたかたかたかたかたかた。
うん、俺のブラインドタッチも速くなって来たよな。

俺は今部屋でパソコンと格闘中。
言っとくが、クリードのパソコンいじってるわけじゃねぇからな。
ちょっとLANつないでデータを見せてもらってるだけだ。
ハッキング?冗談じゃねぇ、今はLAN経由だろうとネット経由だろうと、
ハッキングするためのソフトってのが出回ってるんだからな。

おい、嘘だぞ、信じるなよ。

ただ、メール打ってるだけ。
暇でよ。
…オッサンに。
暇に飽かせて打ってるから、どんどん長くなる。
今日はこんなもの作って食ったぞうらやましいだろう、とか、
暇だ何とかしろ、とか
ゲームが進まねぇ、とか
タバコの灰が落ちたとか
あ、風呂洗ってねぇ、とか
…我ながら、馬鹿すぎる。
消してやろうかと思って、マウスを動かしたら間違ってそのまんま送っちまった。
「……」

…ま、まあいいか。

パソコンの電源を落としちまおうかと思って、立ち上がった(ナゼに)瞬間。

わぅわぅわぅわぅわぅわぅわぅ!

「っち、っせーな…」
篠原の犬だ。
珍しく、吼えてる、…そういや、あの犬が吼えてるの聞くの初めてだな。
…変な声。
わぅわぅわぅわぅ
…いつまで、吼えてるつもりだよ!
どかどかと部屋を出て廊下を横切って玄関をバン!
「うるせぇッ!」

…きゅー

俺の顔見た途端に、仰向けで転がっちまった。
「ッたく、なんだってン…」
「キャハハハハハハハ!!!」
扉の向こうからの甲高い声に、閉じかけていた扉を思い切り開けた。
バン!
この扉、妙に重…
「…」
げ。
「し、篠原!?」



あんまり急いでて気がつかなかった俺も俺だが。
開けられた扉にぶつかって目を回してるやつって初めてみたぞオイ…
漫画か、オメーは。
「や、山崎さァン痛いですよ〜」
情け無い声と、懐かしい顔。
なんかちょっと日に焼けたような気がするな。
頭を掻きながら、立ち上がった篠原、こいつ結構背が高いんだ。
ひょろっとした感じの細身で、えらく年寄りじみて見える。
しかしな、
帰ってくるなら連絡くらい…
「しましたよ、でも山崎さんいつ電話しても話し中で…」
「電話した?いつだよ」
「昨日の夜とか」
「…クリードと電話してた」
「今日の朝とか」
「クリードと電話」
「さっきとか」
「クリードにメールしてた」
「ヤマザキはクリードスキね?」
…サンディ、余計なコト言うんじゃねぇっ!

篠原が帰ってきた途端に、俺は居候状態。
なんとなく、居場所がねぇよな。
「今日は俺がメシ作りますから、帰るのも突然だったから少しの間泊まってってくださいよ」
「あー、ああ、うん」
「本当長い間スミマセンでした」
「ああ。そうだな、そういや思ったより長かったよな」

そっか。
こいつが帰ってきたってコトは。
俺は出てかなきゃなんねーってコトだよな。
…妙に、愛着わいちまってたからな…この家。
色々、あったし、クリードと。

サンディは多少クスリが抜けたようで。
肌も表情も前見たときよりは生き生きして見えた。
「篠原よ、オメー、式とか挙げんのか?」
鍋の上げ下ろしをしていた篠原が、キッチンテーブルについてる俺を振り返る。
「あ、いいえイイエ、そんな金のかかるもんしませんよ〜やだなー山崎さんてば」
なれた手つきが、手元を見ずに仕事をこなしてく。
その隣でサンディが持って帰ってきたバッグの中身を一生懸命キッチンテーブルに並べてて。
…缶詰ばっか。
…こんなもん担いで帰ってきたんだ、相当腕力があるぞこの女。
「ヤマザキ欲しければアゲルよ」
「い、いらねーよ、そんなどう使っていいかわからねぇ物」
「コレはこのままタベルのね」
「はは、やめとけサンディ、そりゃ常人の口には合わないよ」

…仲、いいな。
楽しそうだよな。
いいよな、二人ってのはよ。

…なに、妬いてんだ俺ぁ!

メシ食ってるときも。
なんか、俺は邪魔モノみてぇ。
妙に居心地が悪くて。

篠原の一つ一つの動きに、ここは篠原の家だったってコト、痛感させられた。

メシ食い終わって、皿を洗ってる篠原の背中に。
「オイ篠原、ちょっと俺外で飲んでくるからよ」
あわてて振り向いて。
気にすんなってーのによ。
「え?あ、ハイ」
「…後で荷物取りに来るからな、いじると殺すぞ」
「…え?ちょっと、山崎さん…」
「仲良くやれよ」

そう言い切って。
止めようとする篠原を無視して、作った笑顔だけ残して、俺は外に出た。
いくら、居心地が悪いからって、俺もこんな出て行きかたすることねぇのによ。

サンディと篠原、見てたら。
なんかものすごくクリードに会いたくなって。
そんな自分が悔しくて恥ずかしくて、ここにいないクリードに腹が立って。
別にあいつは仕事だろ?
分かってンよ。
分かってねぇよ。

くそ、会いてェなァ…

歩きながら、タバコに火をつける。
7時くらいだろ、今。
時計なんかはめてねぇから、空の感じで時間をつかんだ。
この季節、冬ってよ。日が短ぇよな。
7時っつったら、夏だったらまだ薄明るいだろ。
冬だと、こうだもんな。
キマグレだよな。
…俺も、キマグレさ。

コートのポケットに入ってたマッチで火をつけた。
どっかのパブで貰ったやつ。
タバコの先が橙色に鈍く光って、それが鮮明な明るさになる。
口元からそれを外して息を吐くと、煙が空を濁らせた。
たいして、空ともつかねぇ様な空を。

どぉこ、行っちまうんだろうな、俺。
どこ、行っちまったんだろうな、クリード。
…俺、なに浸ってんだか。

夜になったというのに逆に明るさを増した商店街、
今じゃ色街状態のアーケードをくぐって向こう側に出ると、また夜がある。
なんと無しに光を避けて。
タクシーを拾った。


境内は真っ暗。
そりゃ、もう年越しだの年始だのって言うやつはいないよな。
いい加減、一月も半ばだ。
自動販売機の灯りと、境内内にある街灯らしきものがお座成りにボウと光を放っている。
砂利を踏んで、苦笑した。
俺、なにがしたいんだ?
寒いよな。
外は。
それなのに、タクシー帰しちまって、どうするつもりだ?
そういや、この木だよな、クリードが登ってたの。
…思い出して、苦笑。
…思い出に浸るなんて、俺らしくもねぇ。
「あー、くそっ!すっきりしねぇ!」
…クリードがここにいりゃ、スッキリさせてやろうか?とか意地悪いコト言うんだろうなァ。
「スッキリさせてやろうか?」




「?!」

幻覚?

ザワ、となる木の上。

暗がりに溶け込む影。

「…俺も、ヤキがまわったぜ…」
「オイオイ、マボロシ扱いか」



マジかよ…

「クリード…?!」

ザ、と俺の目の前にあの時と同じように降りてきて。

うそだろ?

だって、帰ってくんのって、明日

「予定を早めた、俺もどうも耐えられんようでなァ」

わ、笑ってんじゃねぇよ。
笑ってンなよ。
…。
くそぅ。
本物だよぉ。

ぺち、
近寄って。
腹殴って。
抱きついた。

「…や、山崎?!」
「…っせぇ」
「お、おい…」
「なんでも、ねーよっ!」

本物だよ。
肩、つかまれて。
まだ、まだ引き離すなよ。頼むからよ。
…今引き離されても、俺普通の顔、してられねぇ

つかんだ肩。
ぐ、っと引き寄せられて。
よしよし。
って
「…な、なっ」
「ん〜?」
「なにしやがんだ!子供じゃねぇぞ俺はー!」
妙に恥ずかしくて、突き飛ばして殴って
やろうと思ったけど、クリードのやつが俺を離さない。
「クリード、ちょ…」
「自分から抱きついておいて、イヤです、は無いだろう?」
「っせぇ!身体が間違っただけだ!」
「そうか、身体が間違ったならしょうがないな、治してやろう」
「…ばっか、ヤロ…」

境内脇の林。
その木の裏。
俺の背中、押し付けて。

「…か、帰ってきて早々、コレかよ」
「予想通りだろう?」
…確かに、予想はしてたよ。
けど、何で、ココ…
「篠原に聞いてな、家に電話したら他人が出たから驚いたぞ?」
「でも、俺が何でココに来るって…」
うーん、とクリードが唸って。
「匂い、って言ったら信じるか?」

はは、そりゃ、
どうも、怖ぇな。もし俺が逃げても逃げ切れねぇっぽいじゃねぇか。
「逃がすとおもうか?」
「…思わねぇ、よ」

…クリードだよ。
言葉交わしてみて、ちゃんと頭で理解した。
この、会話の感じは、クリードしか、いねぇよ。
指の動きに、身体で理解までさせられた。
こんなスゲェの、クリードしか…
「う、あっ…!」
「溜まってたか?」
「…た、たかが二日で溜まってたまるか!」
「俺は相当たまってる、覚悟しとけよ?」
…そんなもん、もともと覚悟してる、ってんだよ。

肌、触って。
髪、触って。
感触全部俺の中で感じさせて。
それ、全部俺の中で。

体中でクリード感じて。

「あ、ぐ、…ッ」
「苦しいか?」
「…い、っつも、通りにな」
「それは良かった」
…俺を抱きながら偉そうに笑うそのクセ。
俺が燃えるきっかけ。
木を背に足を持ち上げられて、自分の身体、木に手をかけて支えた。
奥の奥まで入って来たモンが、俺の中で弾け飛びそうになってる。
無理に引き抜いて、もう一度。
「…っ、あ、っう…!」
クリードの身体と、俺の身体、
下半身でつながってる以外、妙に離れてる気がして。
片手を木にかけたまま、もう片方の手を伸ばした。
その手をクリードに掴まれて、舐められる。
「や、っ」
「…妙に可愛いな、今日は」
「う、うるせぇ!冗談はテメーの物だけで充分だっ!」
「…妙に可愛く無いなァ、今日は」
持ってた俺の片手、引き上げて。
自分の背中に回させる。
「抱きつけ、山崎」
「…な、ンで、俺が…」
「お前を感じさせてくれ」

やめろってんだよ、そう言うこと言うの…弱いんだからよ。
木を背にして強く押し付けられて。
クリードの体全部、俺の肌に密着してる。
「俺が分かるか?」
「…わ、かる、クリード、だろ」
「これからどうする山崎竜二?」
「…わかんね」
グイ、強い突き上げを食らって。
「う、あっ!」
「どうする?」
「わ、わかんねぇ、って、くぅ、あ…!」

俺に考えがある、なんて、偉そうにまた笑って。
なんだよ、考えって…
「俺をイかせたら教えてやるぞ?」
…ったく、また、そんなこと、言ってよ。
あー、オッサンだ、コイツ、間違いねぇや。
なんて、コレからが地獄だってのに、妙に安心して。
背中に回した腕に力を込めて締め上げた。










「…で、どうするって?」
サファリの助手席で椅子を倒して、仰向けになってるのはクリード。
俺はというと、運転席でハンドルに顎乗っけて。
「んん?」
「んん?じゃねぇの、なんでお前が先にへばるんだよ、珍しー」
「…実は昨日今日、寝てない」
「なんだ二日くらい寝てねぇくらいでだらしがねぇなァ」
…だから、俺がまあ人間として動けるだけの状態でもってるワケなんだけどな。
「教えろよ、イかせただろ」
ぼむ。
その腹にワンパンチ入れて。
「ぐお」
「…ワリィ、ミゾオチ入った」
胸倉引っつかまれて。
引っ張られて助手席に倒れて。
「あ、あぶねーな!」
と、空けた口をおもいきり塞がれた。
口を離して。
口元でクリードがニヤニヤと笑う。
「なんだよ、気持ちワリィなぁ」
「篠原に聞いたか?」
「え?なんを?」
「アイツは店を開くそうだ、アーケードのど真ん中にな」
…ウソ?
本当だ。

「…資金繰りに家を売却するらしいから、買ったぞ」
「は?」
「篠原の家は手続きがすめば俺の家だ」


ば、
ばっか?
お前。

…荷物、運びださなくてイイから、楽だよな


や、そうじゃないだろ、俺。

って。

「マジ?」
「妙に愛着が湧いちまってなァ」

…俺見てえなこと、言ってんじゃねぇよ。
馬鹿。
ばっか。
「アメリカ、どうすんだよ?」
「お前こそどうするんだ?」

「ネットがあるだろ」

2人でハモって。
大笑いした。
馬鹿だよなァ、俺たち。
自分ら優先。しょうがねーよなぁ、本気でよ!



篠原の家に戻ってみると、
サンディが笑いながら出迎えてくれた。
「仲、イイネ?」
「…」
余計な、お世話だっつーに…

振り向くと、犬が仰向けで転がってて。
篠原が一生懸命紐を引っ張ってた。
…裏返しになるの、クセになっちまったみてぇだなァ…
「こ、こら、どうしたんだ、…」
「…?」
「あ、山崎さん、お帰りなさい!」
「わう!」

ん?

「おい、ちょっとその犬…」
あわてて篠原が犬を持ち上げて、犬小屋の中に押し込んで。
「や、やだなぁ、なんか怠け癖がついちゃって」
「俺のせいだといいたいのか?」
「ち、違いますよー」
「お前のせいじゃないのか山崎?」

「わう!」




「おい、篠原、その犬の名前」

クリードが篠原をひょいとどけて。
「ヤマザキ?」
「わう」

っがー!!!!

「しのはらぁああああああ!!!」
「ひぃ!ス、スミマセン、悪気はなくて、あの、貰ったときからそう言う名前がついてたんですよぉ」
「聞くかー!」

とりあえず軽く殴って。
犬…ヤマザキがひっくり返って
クリードがその腹撫でてるからそれにも蹴りいれて
サンディがそれみて笑ってた。

「仲、イイノネ。」

…余計な、お世話だってンだよ〜〜…