「……!!!」
店のオーナーが絶句して俺を見た。
口が開いたまんま、目も開いたまんま。
…おいおい。俺にどう反応しろってんだよ。
柳川町からアーケードの中まで、俺が手がけてた時とはかなり様子が変わってた。
見たことない外人のネーちゃんが俺を呼び込もうとしたり
読めない文字の看板が下がってたり。
うーん。時代ってのは移り変わりが速いものなんだねぇ。
…あー、爺臭ぇ。
まぁ、店の経営者やら、その総括自体はたいして変わりもなく。
店名のみがころころと変わっているようだったから、オーナーを呼び出せば簡単に話がついた。
篠原もなかなか気が利く男で、俺が来るということを全店に触れ回っていたらしい。
オーナーに合うまでに一悶着あったりはしたが(それなりに目を付けといてやるからな)。

「うー疲れた」

横道も大通りも全部歩き回って、
何か俺ってば営業みてえじゃねぇの。
うがー。

「面倒なものだな。」
「あー」
「まるで営業だ」
「…」

言うなよなー…ガクッと来るからよぉ

あちこちの店で酒を勧められたが、今日はとりあえず顔見せだけして。
それが終わったらとにかく直ぐに済ませたいことがある。
…クリードの野郎、いま、セイバートゥースなんだよなぁ…
いや、なんて言うか、説明すると、
なんつーの、戦闘服みたいの着てるワケよ。
…置いてくればよかったぁぁぁ
こんなヤツ連れて歩いてんだから、ただでさえ目立つってのに、もう注目の的。
俺より目立ってんじゃねぇーーー!!
「しかたないだろう 俺だって不本意だ」
「肉体美さらしてふんぞり返っておいて何が不本意だよ」
「はっはっは」
「はっはっはじゃねぇっての変態オヤジぃ〜v」

とにかくとにかくとにかく。
とにかく。
「こらセイウチ。車に乗れ」
「公共の場で犯されたいか」
「セイウチー」
「バックがイイか?」
「馬鹿セイバー早く乗れ」
そんな格好、いつまでもしてんじゃねぇよ。
店の女どもがお前の体に視線集中させちまってたじゃねぇか。
ち。
…嫉妬じゃねぇぞ。



服の所為で行動力が増しているのか、
俺にちょっかいばっかり出すクリード、いや、セイバーを
たしなめつつ。
…ほんっとう、元気だよな。
俺のほうが精力吸われそうだぜ全く。
橋を越して、ちょっとした住宅街の一角に差し掛かる。
そう、そこにその店はある。

「……!!!」
店のオーナーが絶句して俺を見た。
口が開いたまんま、目も開いたまんま。
…おいおい。俺にどう反応しろってんだよ。
ん?さっきもこんなこと言ってたな俺。
…さっきから、この状況が発生してばっかり。
もう、慣れたよ。
「山崎さんですか!?」
「ほかに誰がいんだよ」
「御久しぶりです…いつこちらへ」
オーナーの…えーと、名前忘れた、まあいいか…、は、
さも懐かしそうに俺のほうに近寄ってきて、会釈をした。
広いウインドウ、そこに、その手のブランドのスーツが展示してある。
ヤクザご用達のブランドショップってワケだ。
コートを着させた(苦笑)クリードを近くに呼んで。
「コイツに服見てやってくれな」
「はい。かしこまりました」
ご丁寧に、もう一度会釈をして。
丁寧なのはいいんだけどな…ちょっと動作がオカマっぽいぜ、店長。

クリードのヤツ、試着もしないで、ちゃかちゃかと服を選んでて。
店長がそれにくっついて歩いてるけど、言葉通じねぇでやンの。
クリードに取り上げて見せた服、そんなの着たらただのホストだっつーの。
「あー、ベージュのヤツでいいんじゃねぇか」
「これか?」
俺が指し示した服、それをクリードが取り上げて。
それに合わせて、店長がささ、っとシャツやタイをコーディネートした。
ふーん、俺の好みわかってんじゃねぇの。
かすかに、本当にかすかに緑がかって見える艶のあるベージュの布地。
触ってみると、ふにゃ、とした手触りでなかなか気持ちがいい。
「やらけー」
「だな。」
「いいでしょう?」
店長、ニコニコして。
値札チラッと見たら、ナルホド、売れりゃぁうれしい値段だな。
時間が気になって、店内の時計に目をやって。
「山崎」
「あ?」
「いつまで触っているんだお前は」
「え?」
俺、ずっとスーツの布いじくってて。
…気がつかなかった。
癖になるな、このやわらかさは。
「こちら、毛なんですよ。ちょっと絹が混ざっていますから、手触りがいいでしょう?」
したり顔の店長。
その間も、俺の指はその布地をモニモニと弄くっていた。
うわ、
自ら気づいて、布地を放す。

「気に入ったか?」
「ン、や、お前の服だろ、お前が選べよ」
「お前は気に入ったか」

デザインは一風変わった風でもなく、よくあるシングルのスーツ。

「ん、まあ、結構な」
「『まぁ』、か…。うーん」
「お前が好きか嫌いか、だろが」

んー、とクリードがうなって。
天井を向いて。
ニコニコしてる店長を見て。
俺を見て。
床を見て。
服見ろよ。

おもむろに俺の耳元に口を近づけた
「お前の気に入ったものが着てみたい」

「……」

なんだよ、それ



ば、バッカじゃねーの?





クリードが持ってるヤワっこい服を指差した。
に、とクリードが笑って。









「ハマりすぎだよオメー」
曇った空の下、どこかのネオンが空を染めている中。
俺の好きな色と手触りに、あまりにも当然のように身を包んだクリード。
…似合うじゃん。
シャツは、グレー。
タイはポケットに突っ込んで、開襟にしちまってるけど。
…カッコイーぜ、そっちのほうが。
「ふん」
当然だ、という風にクリードのヤツ、笑って。
ったくよ。
ばっかじゃねーの。
似合うよ。

ちょっとよ、
其処のコンビニまで歩くか。
見せびらかしに行こうぜ。
ちょっとイイ気分になれそうだからよ。
車は、ちょっと店の駐車場に置きっぱなしで。
ちょっと先の信号をダブルで渡った向こう側のコンビニ。
隣のラーメン屋はもう閉まっちまってるから。メシ食う場所はもうちょっと俺が考えとくからよ。
クリードのコート、俺が羽織って、何か、ちょっとぶかぶかしてるけど。
トレンチの腕を軽くまくって、タバコを咥えた。
「おお、如何わしくて善いぞ」
「…褒めてねーよソレ」
信号までもうちょっと。
コンビニの駐車場にも。
道路にも。
誰もいない、独り占めの時間。
冷たい風が、気持ちいー。
誰もいない、クリードは俺の邪魔しない。
だから、独り占め。
お互いに独り占め、な。

「…」
クリードが不意にきょろきょろして。
「どうしたよ?」
「…誰も来(こ)んな」
「だろな、この時間じゃさすがに起きてる連中は山か柳川町だろ」

先に立って歩いてた俺が、顔だけ後ろを見て、
…クリード、ずいぶん近…
不意に、体の周りがあったかくなった。
柔らかい布が、俺を包む。
「な、なんだよ…」
声、上ずっちまったじゃねぇか…
ドキドキ、なんて、してねぇぞ。
なんだよ。
首の根っこが、縛られてるみたいに緊張してやがる。
「クリード、よぉ?」
「ちょっとこのままでいさせろ」
そんなん、
俺、動けねーだろ。
「なぁ、何してんだよ」
首元に、クリードの息。
あったけー。
血が巡ってるんだろ、その全身に。
この冷たい空気が流れてても。
だから、あったけぇ

グイ、と体を引き寄せられて、ますます動けなく。
「なあ、なにしてんだ、ってば」
「お前の匂い移してるんだ」

ばっか。
そんなン、俺にお前の匂いが移っちまうだけだろ。
「新しい服は、知らない匂いがする」
「…だな」
「だから移す」
「何言ってんだよ、今俺が着てるのお前の服だぜ」

ふい、と俺の髪に埋めていた顔を上げて。
「道理で俺の匂いが混じっていると思った」
「はは」
「だがな。」

やっと離れたクリードに向き直ると、生真面目な顔で。
「その服を脱いでも多分俺の匂いはするぞ。お前の体に染み付いてる筈だ」

…よけーなことまで言わんで善いの。





つま先が冷たくなってきたころ。
コンビニの光を目の前に受けて、人間らしい場所だな、なんて思った。

ぽす。

足首に、何かぶつかって…

「あ、猫」
「おお」

ごろごろごろ。
何か欲しがってる白いブチのやつが、俺の足元に擦り寄って。
座って、手を伸ばそうとしたら、
俺から離れて行っちまった。
「んだよ」
立ち上がって、そっちをみると。

白と黒が、体を擦り合わせてた。
ちょっと見てやってくれよ、クリードのこのカッコ。
気に入るだろ?お前らも。
真ん丸い目が、じっと俺を見てた。
そっか。
わかったよ。
俺が決めていいんだな?
んじゃ、気に入ったってことにしとくよ。


「ありがとうございましたー」


猫の集会所、今日は誰もいないようだから、用だけ済ませてとっとと帰ろうぜ。
タバコと、あと、目に付いたモン。
それで十分だろ?
外に出てみたら、俺たちの縄張りなんてどこにもないようで。
縄張りを一番主張しているのは、人間様だけだな。
匂いを移さずに。な。

クリードは動物だからな。はは。

車に乗ったら、クリードの匂いがした。
ちょっと口を尖らせて、でも、まあ、いいか、しょうがねぇ。動物だしな。


ゆっくり、メシくって、

もう一度匂い移して、寝ようぜ。





かっこいいトコ見せてもらったからよ、俺の匂い…、全部持ってけよ。