11時過ぎ。
思ったより早く目が覚めて、クリードに急かされて、なぜか初詣へ、と…行く羽目に。
「何で、初詣なんか行く気になったんだよ?」
車に乗り込みながら、声をかけると、
助手席側から屋根越しに
「わからん」
だとさ。
ったくよ、ソレになんで俺が付き合わなきゃなんねーの。
っていうか。
俺も、なぜだか行く気はあったんだよな。
まぁ、よ、年始回りもしなきゃならねぇし…篠原の奴、よく考えたら面倒なこと押し付けていきやがったぜ。
俺の財布の中の…
アレも、収めに行って燃やしてしまったほうがいいかと、思ったから。
毎年、行っては燃やせずに帰ってきてる。
…兄貴から貰った、御札。
和紙みたいのに何か長方形のものが包んであって、
たて二センチ横一センチくらいの小さな御札。
表には「御獄大神御守護」って書いてある。そんな代物。
もう、ボロボロになっちまってて、汚くて。
捨ててもいいかな、と思えるくらい汚いのに、
毎度毎度捨てられず。
だってよ。
コレ、何で兄貴が俺にくれたのか、わかってねぇんだ。だから。
何のお守りなのかも分からねぇ。
どこのお守りなのかも。
何のためにくれたのかも。
…もう、ソレを知る術なんて、ねぇ。

「山崎?」

ボーっとしていた俺に、クリードの声。で、はっとわれに返った。
クリード、コレ見せたら怒るだろうからな。
隠して、ッと…

「んにゃ、なんでもねぇ」
「また隠し事か」
「探り合うのは止そうぜ、お互い過去なんざ腐るほどあるんだ」
「…言いえて妙だな」

クリードがしかたねぇと言う風に笑った。
俺はごまかしきって、安心して。
なんで、バレたくねぇんだろうなぁ。
怒られるから?
恥ずかしいからなのか。
ったくよ。
兄貴のこと、重荷にするなんて、俺も、焼きが回ったぜ。

いや。
もしかしたら、クリードに兄貴のことを馬鹿にされたり
むかつくようなコト言われたりしたら、
俺が、怒っちまうからかも知れねぇ。
いつから、クリードと喧嘩しないように、だなんて思い始めたんだろう。

…嘘だろ?俺。そんな理由じゃ、ねぇよなぁ…???


サファリを走らせて。
1月1日。店が開いてない所為か、街中に走る車はほとんどない。
代わりに路駐が多い多い。
神社の前のバンは、いつものようにまた置いてあって。
どうやら人がいないようだから、まあ、どこかに客として呼ばれてるタイプか、
近くの飲み屋の店長かなんかだろうな。
店長だとしたら、この辺は俺の界隈だ、顔見知りかも知れねぇなぁ
「山崎、どこへ行くんだ?」
「あ?だから、神社だろ?」
クリードが眉をしかめて。
「だから、どこの神社だ?」
「はじめからそう聞けよ」
「どこの神社へ行くんだ!」
「…護国神社」
なんだよ。
怒鳴ることねぇだろ。

なんとなく気分を害されて、
俺は口をつぐんだ。
…なんで、
言いかえさねぇの、俺。
嫌われたくないから、とか?
あー。今日の俺は、想像ばっかしてて。
考えてるだけじゃ、何も伝わらねぇし何も聞けないのは分かってるはずだろ。
言い返しちまえよ。
…だって、俺の言い方にも問題があるのかも

……どうしちまったんだよ。俺。

佐渡のこと、思い出しまった。
もう一度、大喧嘩して、殴り合えば
なにか、すっきりでもするんかな。


車は和田橋を越して、先の信号を直進して。
その先に、ちょっとした渋滞を見つけた。
「あー、入り口混んでんなぁ」
「…」
反応、無しかよ。
ちら、とクリードを見ると、口を真一文字に結んでいて。
…怒ってる?
「…クリード?」
「…なんだ」
「…別に」
言っちまえよ。
怒ってるのか?って、それだけ言えばいいんだろ。
…そのあと、何て言われて
俺は、何て返すんだろう。

無言のまま、その渋滞の最後尾にちょこんと車をくっつけた。

何も言わないクリードに、つい、手持ち無沙汰になって、
タバコに火をつける。

何で、怒ってんだ?
っていうか、怒ってるんか?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

山崎の機嫌が悪いらしい。
俺が言った言葉に、いつも以上に棘のある言葉。
質問を、意地の悪い質問で返されて。
少々むっときて、ちょっと怒鳴り返すような言い方になった。
そうしたら、山崎が黙ってしまって。

…それでなくても、
昨日の夜、考えたことが頭に残っていて離れないと言うのに。

この関係がいつか終わるかもしれない、なんて可能性について

俺が考えていることなど。

山崎に知られたくはない。

いっそ、聞いてみたらどうなんだ?
…この関係はいつまで続くんだろうか?
って?
保険なんて利くわけがない。
この関係に。
俺がいつ死ぬとも限らない
山崎だって。
もしかしたら、俺を置いてどこかへ行くかもしれない。

…その可能性が、否定できない俺が、いる。

…その可能性に、なぜおびえる?

一対一。
一同志、二になる事はない。

山崎が俺に話しかけた。
どう、返していいのか分からなかった。
俺がなんと言ったら、こいつが逃げないでいるのか。

山崎がタバコに火をつける。
俺は、爪を噛んだ。


こんなに、一緒にいたくて仕方がない気持ちなんて。
どうしたらいいのか分からなくて。
もてあそんじまう。
この気もち。
こいつと一緒にいたい、ソレは真理だ。俺の中の。
馬鹿だとも、恥ずかしいとも思わない。
ただ、俺がそう思う、気持ちいい、楽しい、から、欲する、当然のことだ。
ソレを恥じることはない。
と思うことは、多少はカッコつけて恥じちまってる部分があるということか。

昨日のセックスが、やりすぎだったんだろうか。
俺が、暴走して好き勝手やりすぎて、気に入らなくなったとか。
…考えれば考えるほど、悪い方向に頭が走って行く。

聞けば、いいのに。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


車、何とか駐車場に入れて。
狭い駐車場、無理やりな感じで車が整列させられてて、
微妙に奥のほうのアノ車、どうやって出るんだ?とか思いながら。
アノ車、どうやって出んだろうなぁ?
とか、クリードに言いたくても。
なんとなく言えなくて、
ただ
「着いたぜ」
それだけ。
クリードも
「ああ」
としかいわねぇ。
本当に、怒ってんのか?
考えながら歩き始めたら、目線が地面に行ってて。
眉間に皺が寄ってるのに気づいて、
あわてて上を向いた。

いつからだろう。
クリードの奴に、気使うだなんて、そんなこと始めたのは。
ばかばかしい、と思いつつ、
ばかばかしいと言い切れない自分がいる。

なんか、言ってくれねぇかな…
…俺が喋ればいいんじゃねぇかよ。
…イライラすんなぁ
なんだよ、
俺。
なに、イジケてんだよ!

境内と鳥居を目の前にして。
後ろにクリード。

財布は、後ろのポケット。
その中に、兄貴に貰った御札。
何でこんなもの、後生大事に持っているんだろう。
誰のためなんだろう。
俺が大事なのは、お札じゃなくて、コレを貰ったことと、くれた兄貴じゃあなかったのかよ。
兄貴を、尊敬してるのは本当だけど
それに縛られてびくびくするなんて、
兄貴。
クリード。
…スマネェ。

つま先が、玉砂利を蹴り飛ばした。
そのまま、勢いよく前へ走り出す。

「山崎?!」

わるい。
俺、今、なんて言っていいか分からねぇ!
見捨てないで付いて来てくれる事を願いながら、
参道を駆け上がった。

何、喋ったらいい?
何を怖がってる?
子供みてぇ。
親がついてきてくれるのを確認して、大事にされてるの確認する
子供ってのはそうだって聞いた。
構ってほしいから、悪戯したり、暴れたり逃げたりする…って

なんだよ俺。

構ってほしいだけじゃねーかよ!!!



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


突然走り出した山崎、あわてて後を追いかけた。
このまま、逃げられてしまいたくない。
いや、
何もはっきりしていないのに
逃げるだなんて、どういう了見だ!

問いただしてやろうという気に、火がついた。
もしかしたら、山崎が俺をハメてるのかもしれねぇ
何か言いたくても言えなかった、
この気持ちに、発破かけてるのかも知れねぇ。

でも、もし、本当に逃げているのだとしたら。

拒絶されているのだとしたら?

後を追いかけることしか出来なかった。
声もかけられねぇ。
俺の脚力なら、先回りして掴み上げるなんて、簡単なはずなのに。
ソレをする気になれないのは、
捕まえて、何を言ったらイイかわからないから。

そもそも、

何で、走るんだ
こんな、走りにくい道。
砂利が滑って
転んだら、慰謝料請求してやるぞ山崎!

何で、逃げてるんだ。
なんか、
むかついてきたぞ!

「こ、のぉ…」

そもそも!
俺は、何で山崎が、
何も言わずに俺を拒絶するだなんて
勘違いしてる?
あいつは
そんな、

そんな

奴じゃねぇって

そりゃ、

おれが、

一番良く知ってる

俺に言えねぇ相当の理由?

女か?
山崎にとって大事なもん

…!ソリマチかーーーーーーーーーーーーーーー!!!


アドレナリンが大放出した俺の頭の中で
何かが切れた。



「ヤマザキィィィィ!!」



がー!
牙を剥いて、飛び上がって横道にそれた。
境内の方角は、予想するに、あっちの方。
先回りして、参拝客の目の前で裸に剥いてやるーッ!!!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

とん、とん、と石段3段を上りきって。
振り向くと、クリードの姿がなくて。

なんだよ。
つまんねーの…
呆れられちまったかな…。

切れた息を整えながら、
境内のほうに向き直った。

聞いてもらえないのなら、俺から言えばいい。

だろ、なぁ、俺。

言えば、いいのに。
逃げるだけなんてよ…

しかも、追いかけてきてねぇじゃねぇか。

なんだよ。

知らず知らずのうちに、頬がふくれた。

ポケットから財布を出して。
それから、御札を取りだす。
この御札は、兄貴じゃない。
貰ったモンはたくさんある、わかってる、
大事にとっとく理由なんて、わかんねぇ。
思い出したいから?
何でもいいや。
捨てよう。今年こそ。
捨てちまおう。

大事な、この御札…

ペロ、とソレを取り出して。
表裏を返してみる。

「…読めねぇよなぁ」

裏には、なんと読むのか、意味はなんなのか、分からない『凡字』。

くにゅ、と曲げてみると、意外に柔らかかった。

ガサ。

「ん?」

上から木の葉摩れの音。
見上げると。

「…」

声にならねー…
牙剥いてるクリードが、俺を見下ろしてて。
…蛇に睨まれた蛙みてーに

いや、セイウチに睨まれた蛇!

こ、怖ぇええええええー!!!!

今にも飛びついてきそうなクリードに背を向けて、仕方ねえ
考える暇なんてねぇ
とにかく…!!!

「待てコラ山崎ー!」
「待つか!」

ダッシュで境内の入り口前のでっかい鉄桶まで。
手に持った小さな紙切れ、
それ、
ぶん投げて、
「燃えろー!」
一瞬その桶から立ち上った火が、
ふわりとソレを巻き込んで、
落ちた。

その瞬間、服の首元に手がかかって。

グイ!!!

「ぐえっ!」
「捕まえたぞ!ソリマチだな!?だろう!?けしからんもう我慢できん!」

ソリマチ?!なんで、気づいて…
そのまま、俺の首もとの服を勢いよく引っ張ろうと
ちょちょちょ、ちょっと待てーーー!!

「もう、燃えちまったよ!」
「なに?」
とりあえず、その手が止まった。
しかし手は離されずに、俺は捕まえられた猫みたいに。
「…反町さんに貰った御札があったんだよ、ソレ燃したんだよ」
「燃やした?」
「…悪いかよ」
「なぜ燃やした?」
「…」
「大事だったんだろう?」

そんなん、
真顔で聞くなよ…

なんか、俺がワルイコトしたみてぇじゃん。

「ずっと燃やそうと思ってたんだよ、…ん?」
「なんだ?」
「…(汗)」

周り、見たら。
俺たちの騒動に、そこにいた参拝客全員が俺たちに着目してて。

「…山崎…」
「帰るか」
「お、おう」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そんなこんなで、やっと家にたどりついて。
汗をかいたとか言って、さっさと風呂場に消える山崎の後を追って
その頭からかぶっていた灰を、落としてやりながら。

「参ったな」
「目立つんだよもともと、背が高いからよぉ」
「慎むべきだったか…」
「正月から目立ちまくりだぜ…v」

おとなしく叩かれてる山崎、
その服を、代わりに脱がせてやろう、と手をかけると。
「い、いーよ、俺が脱ぐからよ」
ふ、と身体をそらすから。
未遂に終わったアノ事件、暴露でもしてやろうか。
「…逃げたかと思った」
「は?」
「そう思って理由を考えてたら、腹が立ってきてな」
「はぁ」
「あんまり腹が立ったんで、観衆の目の前で裸に向いてやろうと思って追いかけた」
「マジかよ!」

未遂事件の顛末に唖然としてる山崎。
その口に、舌をねじ込んで塞いでやる。

口を離して。

「お前の番だ」
「え?」
「白状しろ」
「何を?」
「…怒るぞ」

ふ、と山崎が俺から離れて。
眉根を寄せる。

「山崎?」
「…」
「どうした?」

もう一度近づくと、また逃げる。
じれったくなって、肩を掴んで爪を立てた。
「痛っ…」
「逃げるな」
「…」
「怒るぞ?」

俺の言葉に、山崎が困ったように笑って。
目線を逸らそうとして、やめる。
「クリード、よぉ」
「なんだ?」


後を続けずに。
口を尖らせて。
溜め息吐いて。
耳を掻いて。
「あん、なぁ」
「なんだ、といってるんだ」
「拷問してでも吐かせろよ」
服にかけた指が、
その布をポトンと落とした。


挑戦的な目。


そうか。


追われるのも、楽しいというなら、狩りの許可証を貰ったも同然だ。
知らずに、気持ちが高ぶるのを感じた。
面白いぜ山崎、やっぱりお前は…俺を駆り立てる悪魔みてぇなヤロウだ。



--------------狩猟許可証・2へ続く