街に空白が出来た。
夜しか栄えない町。
その街に空白が出来た。
俺は今そこにいる。
このビルの売却の話が持ち上がっている。
そして買い叩くのはおそらく女衒だの泡だのの連中だろう。
汚れる。このビルも。
今に始まったことじゃねえ、そう言われるだろうな。多分。
世間から見りゃ元々汚れてたビルさ。
壊されちまうのかな。
壊してくれねぇかな。ずっと思ってた。
俺が壊しても良かったんだろうな。
ぼこぼこに殴って破壊して、俺まで一緒に壊れちまえば良かったのかもな。
でも壊せねぇよ。兄貴。

あんたの血とクソどもの血が混ざって流れた床をさ。
俺は寝ッ転がってたんだよ。
ずっとさ。
兄貴が横にいてさ。
動かなくってさ。だから俺も真似して動かないでいたんだ。
飽きるまで。どうでも良くなっちまうまで。
なれなかったけどな。
その床はもう綺麗になっちまったみてぇだ。誰が掃除すんだろうな。
兄貴の血は、掃除されて、ごみ扱いか。
どこに捨てられたんだろうな。
どこ行っちまったんだろうな。

クズどもだけ燃やしてくれれば良かったんだ。

兄貴と良く来たビルの屋上。
そこに向かって俺は階段を昇ってる。
この音、響く靴の音。これもあの時と一緒だなぁ。
クソ。なんで俺は浸ってんだ。
舌打ちしながらも、もっと浸れる場所へ、勝手に俺は歩いてる。
最上階の扉。
この向こうに、俺が見たいものがある。
でも多分見えないと思う。
いいんだよ、なんとなく見たかっただけだ。最後って言われりゃみたくなるもんだ。
そう言い聞かせて理由にして。
扉に手をかける。
昔よりも重く感じる扉。錆付いちまったんだろうな。
俺の血も錆付いちまってるんだろうな。
でもよ、さびなかったら人間じゃねぇよ。
綺麗なまま生きてりゃただの妄想家だ、殺人鬼だ。
余計なもの排除して保って行かなけりゃ綺麗なままではいられねぇ。
自称美しい人生、か。
好きにしろ、俺の邪魔すりゃ殺すだけだ。
……ん?そうすっと俺も、妄想家だな…コイツぁ参ったな…

扉の向こうに街がある。
海の替わりに汚れる空と、ビルの群れと。
淀んだ空気と、だけどちょっとだけ気持ちイイ風が吹く。

淀んだ右手をポケットから出して。
ふるえながら扉に手をかける。何度も。
封印したまま。右手を封印したまま見ることなんて出来ない。ケジメみてぇなもんだ。
綺麗なままでいたかったなんていわねぇ。
これがアンタが俺に残した俺の大事な狂気だから。
その狂気で扉を開けるぜ俺は。絶対に、暴走してなんかやらねぇ。
自由にされた右手が俺の精神を刺激し始める。
クズの頭からその記憶と共に内臓を引きずり出したこの右手。
泣き喚くクズの顎をぶち割って音を止めたこの右手。
何度も叩いた。この右手で、この右手一本で俺は自分を血まみれにした。
こうしてみりゃ普通の右手だよな。
多分周りからみりゃ普通の右手なんだ多分。
俺には染まって見えんだよ見えたかねぇよ見たくねぇ、見えちまうと…この右手は俺を…ッ!
「……!!!」

扉に頭を自ら打ち付けた。そのまま上がっている息を整える。
イテェ。
強く打ちすぎたな。イテェやマジで。
「ただいま…か」
扉に大きなくぼみが出来ていた。
右手がジンジンする。
イテェな。どんなに人殺しても殴っても俺が死にそうになっても
この右手はちゃんと痛み感じるんだよな。
ダイジョウブ、俺はここにいるみたいだ。俺は立っている。
幾分楽になった気持ちで、その扉に再度手をかける。
曲げちまったからな。マトモに開くかな。
苦笑しながら、力をこめる。
もっと開け。
過去でもなんでもイイ。現実でもなんでもイイ。
ただ俺が求めるあの空間がそこにある可能性があるなら。

蹴り上げる。
耳をつんざくような音と共に。





でっかい夕日が俺を待っていた。



ビルなんか見えなかった。
そんなモン目に入るか。



ものすげぇでっかい夕日が俺を包んでいた。真っ赤に包んでいた。




悔しいからずっと見ていてやった。
恥ずかしいから目をそらさなかった。
一生懸命、見ていた。息が変な感じで重い。



懐かしいものなんて、無いけどあったんだよな。
俺が見たものじゃなくて、感じたものが。見えたような気がして。

俺はじっとそこに座ってた。
ずっと。
何も見えなかったよ。兄貴。
なんにも。
見えなかったよ。
アンタの姿は。


かわりにでっけぇ夕日がいたよ。


でも、なんかいるような気がしたよ。見えなかったけどな。
感覚だけだよ。もう。
俺の右手はおとなしいし。
兄貴はここにいたような気がするし。
夕日は結構あったけぇし、なんか兄貴に……
似てるからな。いいや。



FIN