「なんだぁ?ここは」
「まあまあまあ」
俺が訝しがるのも気にせずに、後ろから背中を押してるのはクリードのでっかい手。
目の前にあるのはギンギラギンに輝くドデカイ分厚い鉄の扉。
イルミネーションがコレでもか、と取り付けられていて、
その真ん中に恥も外聞もないぞ、といったリースが収まってる。
リースってのは、あれだ、クリスマスに飾る丸っこい枝の固まりな。
その真ん中にイルミネーションで。
「SUCKKERBUGS」
…意味なんか、教えてやらねーからな

見ただけでわかる。
ゲイ専門のショーパブだろコリャ。

「こんなトコ入りたくねー!!」
「そりゃ中のお嬢さんたちに失礼だ」
「お嬢さんじゃねぇだろがボケ」

そもそも、俺は真症ホモじゃねぇ。

女がうぜぇだけだ。


「面白いから入ってみようや、なぁ?」
悪戯そうに笑ってるクリード。ったくよ、ガキかオメーはよ…
裸の男が目の前で腰振ってるのみたって面白くもなんともねーっての。
下手すりゃ、そんなモン見せられたらキレるぜ俺は。

不意に、押していた背中の手を離されて、思わず体重のバランスを崩した。
睨み付けようと思って振り返ると、今俺たちが下りてきた長い階段が上にそびえてる。だけ。
あれ?
「クリード?」
声を掛けた瞬間、天井の暗がりから、なんか落ちてきた!
「!?」
「俺だ」
そう言うが早いか、俺の体を軽々と持ち上げて。
「ぎゃー!!!!」
「うるさい!」
肩に担ぎ上げられて、うわ、天井間近!!
「おろせ、おろせっ!こんな事しなくても入るっつーに!!」
「そうか、なら良し」

…いつかシメル。




「そんな顔をするな、おそらくお前が思っているものとは少々違うはずだ」
「こういう店に変化があってたまるかっつーの」
クリードが店に入ると、それに続いて、嫌々俺もソコに脚を運んだ。
店員らしき男にエスコートされて、店内に続く扉が開けられる。

ドガン!

「なんだぁ?!」
むやみやたらな爆発音のような音。
あわてて耳をふさいで、ゆっくりと離すと…
どうやら、コレは音楽のBASS音らしい、ってコトがわかった。
なんだよ、人ばっかり店ン中どうなってるかわかりゃしねぇ。
照明は暗い、人は多い、音はウルセエ、そこにレーザー光線見たいのが飛び交ってて、
ようするに。
「うぜー」
「…まぁ、こっちにくればわかる」
音楽に乗って悲鳴みたいな声と、つぶやくようなラップの声。
かー。
コレじゃ、その辺のクラブとたいして…
…オイそこのガキ、俺に色目くれてんじゃねえ。

案内されるまま、高台のようになっているスペースへを移動した。
テーブルの上に突っ伏してる男、ディープキスの途中で俺に中指立てて見せる男、
そいつの頭蓋骨にゃ少々重低音が響きやすくなるようにコブシ入れてやった。
鎖に繋がれて犬同士で会話してる男とか
やたらめったらピンクに染まってる男とか、
…ここ、商売に使えそうだな…ううむ。

そのなかでひときわ輝く、下の階の奥の壁際、そこまで目線を走らせて。
「…」
「どうした山崎」
「な…」
なんだよ。
なんだよコリャぁ!!!
奥の壁際にあるのは、
でっかい、ステージ。
その上で、
目隠しされてラバーのぴったりした拘束具に身を包んだ男が


「…え」
「山崎?」
「え、SMショーじゃねぇか!!死ぬかテメー!!!」

俺の剣幕に手をひらひらと振って片目を閉じて笑って見せて。
あのなあ。そんな仕草で誤魔化そうったって…

男の悲鳴。
思わず振り返る。

…しんじ、られねー…
聞いたことはあっても、見たことなんか…
引っ叩かれながらファックしてやがる。
う、げー…
「テメーこういう趣味があったのか…」
「いや、ああ言う馬鹿げたのは嫌いだ」
「は?」
いい加減、店員が困っているようなので、示された席に腰を落ち着けた。

「…、…」
クリードと店員が何かしゃべっているけど、音がうるさくて聞こえやしねぇ。
耳を済ませようと思ったら、いらねぇ音の方が耳についちまって…
横を見ると、ちょうどステージが見える。

…口環を引かれながら、突き動かされてる黒い男。
支配者気取りのS男。
…ばっかみてー。

俺は、あんなんじゃ、ねぇよな…

「どうした?」
「気分が悪ィ」
「まぁ、何かの参考にもなるだろうしな、見ていけ」
「何の参考になるってンだよコレが!!!!」

バン、とテーブルを叩いて立ち上がった。
周囲の注目が俺に集中する。

よっこらしょ、なんて言いながら目線をそらして座りなおす。
「仕事のフィールドには使えそうもないか?」
「…それにだったら使えンよ」
肘を突いて、ステージと逆方向に顔を向けた。
「そんなに照れるものでもないだろう?」
「照れてねぇ!!」
バン!!
注目。
よっこらしょ。
「…くそー…」

クリードのヤツ、一体どういうつもりでこんな所連れて来やがったんだ。
声は、聞こえてくるし、
なんか、周りは軽く飛んでるようなヤツばっかだし、
その中で、クリードのヤツ、なんか異常に逞しいし
…何言ってんだ俺。

「お待たせいたしました」
ウエイターの男、半裸でやんの。
それを見ないようにして、反対方向を向いたらステージが見えて、慌てて向き直った。
俺にウインクをして去っていくウエイター。
…吐く。今にも吐く。絶対吐く。そろそろ吐く。

持ってこられたのは、ウイスキーのビン。
ガ、っとそれを掴んで、ラッパ飲みした。
「おーおー、荒れているなぁ山崎」
「オメーのせーだろ!!!」
ガン!とテーブルに叩きつけて、クリードの顔を覗き込むようにして睨んだ。
「何のつもりでこんなトコつれてきたんだよ」
「なんだと思う?」
意味深だよな。
「俺をマゾ扱いにしてぇのか」
「お前が大人しくいたぶられている様なら俺はそそられたりはせん」
ガン。
ウイスキーのビンの底で、クリードの額を殴りつけた。
「痛いぞ山崎」
「るせー」
「どけろ山崎」
「なんのつもりだ」
ぶつけたままの、額のビンに手を掛けて、クリードがそれを奪い取るようにしてラッパ飲みする。
…今見てて思ったけどよ、ウイスキーのビンって、ラッパ飲みして似合うような形じゃねぇな。
喉を鳴らしてそれを飲み込むクリードが、不意にビンを下ろして。
不可解な顔の俺に、不可解な顔を向ける。

「なんだよ」

男のクライマックスの悲鳴。
釘付けになる観衆。
俺の腿に指が這って。
微動だにしない俺(緊張してた)に、キスしそうなほど顔を近づけて。
「あんな風になりたいか?」
…んなワケねぇ。
「あんな風に何が何でも感じたいか?」
俺は俺だ。
「俺はお前をああしたいと思っていると思うか」
…だから連れて来たんじゃねぇのかよ

ふい、と顔を離されて。
店内の音楽が、小さくなったように感じた。
暗い照明の中、クリードの表情が掴みづらい。
腿の上に乗ったままの手を払おうと、目線を落とし…

「何、持ってんだ…」
「なんだと思う?」
「…変態か、テメー…」
「どうしようか迷っているんだ、やってみるもの面白そうだ、だがお前がどう思うか」
クリードの手の中に。
…中に入れて振動させる機械。
「あ、あのなぁ…俺はお前のオモチャじゃねぇンだぞ」
その手を掴んで、どけようと。
「そういうだろうと思って、悩んでいたんだ」
「言わなきゃ、ここで入れるつもりだったんか」
「そういう場所だ」
「…俺をなんだと思ってんだ」
「山崎竜二」
ごち。
今日、叩くのは何度目だ?
なんだ、コイツ、すっげぇスケベ。
元気なのはいいけどよ、俺はアダルト女優じゃねぇっての!

「抵抗があるだろう?」
「ったりめーだろ」
ぐい、とこちらを向いて。
あんまりクソ真面目な顔をしているんで、俺のほうが仰天した。
何で、そんな真面目な顔…
「素直な話だな」
「…」

「俺は探求家だ」
「…素直にエロ爺だって言えよ」

く、と一度首を傾げて。
もう一度俺を真面目に見て。
「俺は俺のしたいことがあり、したくないことがある」
そりゃそうだ。
「お前にもしたいこととしたくないことがあるな?」
……
「俺に合わせろ」
はぁ?!?!?!



「俺もお前に合わせる」



そんじゃ。
その持ってるヤツ、俺に貸せよ。
捨ててやる。
「…面白いかと思ったんだがな…」


だってよぉ。
これ、
俺ばっか善くって、お前は善くねぇじゃねぇの。
そんな支配欲の塊じゃあ、いつかお前、置いていかれちまうぜ。








「…ん、っ」
「いいのか、本当に」
腕を組んで、机の上に突っ伏して。
クリードも「いいのか」とか言ってる割に、もうその指、スイッチ入れてんじゃねぇかよ…
ステージの上はまた何か始まってて。
俺は目の前のグラスをたまに口につけて、唇を潤す。
こめかみから、汗が伝って落ちて、頬をそれがなでる感触。手の甲で拭き消した。
クリードとしてる時と比べりゃ、たいした刺激じゃねぇ…

見たかったんだろ、俺がこうなってるトコ。
見せてやらねーよ。
以外に、面白くなかったって、そんな結末味合わせてやろうか、と…自分で俺は、それを入れて。

けど…

「…っ、クリード…ちょい、待ち…」
「だから無理をするなといったじゃないか」
「…ッ!!!」

今、強くしただろ…!!

暗い店内、あちこちでかすかな途切れ声。
俺はそれに準じねぇ。
目を上げると、ステージ上で鞭打たれる男。
しらねぇ。
俺には関係ねぇ。
「う…」
どう見たって、俺の範疇じゃねぇ。
鞭に打たれて、服従?
快楽の虜?
埋めるだけの用途のオメーらの下半身
埋められるだけの用途のそいつらの下半身
性障害がどうの精神的なつながりがどうの
探してるやつらがごまんと重なり合ってつつきあってる
寄り添う
頼りあう
男の中の女心
サディスティックな妄想と
マゾヒスティックな欲望と
こすりゃ勃つだけの棒と
いれりゃ濡れるだけの穴

関係、ねぇ。
複雑じゃねぇ。
もっと単純だ。
そう、体は、意外に単純…
「…っぅ」
「やめ、るか?」
「…ッ…出ようぜ…こんな、生易しいトコ、よぉ」
吐き気がして、たまんねーンだよ…





SMクラブを後にした俺たちは、近場のホテルにしけこんで。
ホテルの部屋に入るなり、クリードの体をベッドに押し倒した。
…生易しかぁねぇんだよ、俺は。
「…俺を、どのくらい変にさせたかったんだ?あ?」
右手の指の付け根でクリードを挟みこんで、刺激を与えながら、しかめた顔を覗き込む。
「あんなモン見せて、どういうつもりだよ?」
指先を強く締めて、喉元を舐めあげる。
俺の体の奥はもうジンジン来てる、あんな事されりゃ、当たり前だ。
こいつの行動には裏がある。
絶対そうだと思った。単なる遊びじゃなかったはずだ、あんなところで酒を飲むなんて遊び、あるわけねぇ。
俺には。
コイツには、あるのか?

素直に楽しんでりゃ、良かったのか?俺は。
そんな、壊れた低俗な低級な低脳なコトを俺が出来ると思ってンのか?
こんなプライドの固まりみてぇな俺が。

「お前が…」
「んだよ」
「お前が、もっとよくなるところが見たい、だからもっとお前をいろんな方法で探りたい」

セイバーはまた至って真面目な顔で。
何、探ってんだよ。
何をそんなに真面目に俺を抱こうとしてんだよ。
何を、俺も真面目に考えちまってたんだよ。
ただ、
ただ、コイツ、俺を気持ちよくさせたかっただけ?

…複雑に考えてたのは、一番複雑になってたのは、もしかしたら俺じゃねえか…

「…やり方が悪ィんだよ」
「なに?」
顔を上げた額に、頭突きをかました。
「ってー!!」
痛がってンのは俺のほう、馬鹿か俺。
セイバーはこしこし、と額をなでさすってて。
困った顔して。
理解できねぇの?どうしたら探れるかわかんねぇの?
オッサン、経験多すぎて、基本忘れてるんだろ。
俺はまだ覚えてるぜ。

「オッサン、穴がありゃ何でもいいか?」
「いや、お前の中がキツくていい」
「…」

じゃなくて!
俺も、なに照れてんだよ!

「俺はな!」
「な、なんだ、大声を出さなくっても…」
「オメーだから感じてんだよ」
ベチ。
撫でさすってた額を手の腹で殴り倒した。
仰向けにベッドに倒れて、クリードがうなる。
「ぐぅううう〜〜〜〜!」
「何唸ってんだよ」
「ううー」
「???おい?」

とうとう壊れたか、と覗き込んだ俺の体をおもむろに引き寄せて。
「うわ!」
下半身の布、簡単に引き剥がされて、そのまま腰を引き下げられた。
深く、体を割って押し入ってくる感触。
「…う、んぅぅっ…!!!」
唇を閉じて、目を閉じて、強くうつむいたのは、それが多分一番欲しかった刺激だからかもしれねぇ。
はじめは、お前があんなトコ連れてったのは、煽るつもりかと思ってたんだよ…
小細工が気に入らなかったんだ。
寝っ転がったクリードの上で、その肩の脇に手をついて。
腰を掴んでいるのは、あったけぇクリードの手のひら。
爪が、柔らかい肉にかすかに食い込んでる…
「…は、ぁっ、う…」
「成る程、言うとおりだな」
「な、にが、ぁ…っ」
「機械より俺のモノを入れたほうがイイ反応をする。覚えておくぞ」
コノヤロ…!!
変なこと、言ってんじゃねぇ!
頭突きでも、してやろうかと思って。
体に力を込めたら、つい、強く締まっちまって…
「ぅ、あっ」
「おやおや、高い声だ」
「るせぇ…殺すぞテメ…」

この俺が、こんなに跳ね上がるほど、体が合うんだ…
SMのサディストみたいに、置いてけぼりになんかしねぇから、さっさと先にくたばりな。
マゾヒストみたいに、欲するだけのマグロじゃねぇから、
なんも考えねぇで、俺のビジョンの中、飛び込んで来い、って…




「山崎」
「うー?……がぁっ!」
ベッドに突っ伏して伸びてる俺の内腿に、指が這って、飛び起きた。
「なにしやが…」
「入れてから、入れていいか?」
「なにを」
「コレを」
さっきのバイブレータ。

「…そんで?」
「それでから、俺のを入れる」

ゴゴゴゴゴゴン!!!!!

連続キック。

「あだだだだ」
「馬鹿ヤロー!誰がそんなコトしてイイって言うか!!!」
「蹴る事はないだろう!」
「するなら聞かねェで無理やりヤれ!!!」



あ。



「素直じゃあ、ないということか。成る程な〜」
そう言ってにやりと笑うクリードの顔。
ケリ入れようとして足つかまれて。
素直じゃあないのは、お互い様だろ。
なにが何でも、ってワケじゃねぇけどよ、オメーのすることはいつも気持ちがいいから。
それに付き合いたくなるから、こうして来るわけじゃねぇかよ。

なにが何でも、ってワケじゃねぇぞ、念押しとくぞ。
俺の指を舐めて、含み笑いのお前。
「すり替えの快楽じゃねぇ、ホンモンのヤツ、食らわせろよ…」
「任せておけ」



そう、くだびれた犬を無理に起こす様な、そんな誤魔化しはいらねぇ…
誰にも真似できねぇ、お前のヤリ方でやりゃいいんだ。
噛み付き合う、そんなのが、イイだろ?
そう、それなら、吐き気がしねぇ。
突っつきあって笑い会うだなんて、真っ平だ。
犯し合う、それくらいのじゃなきゃ、面白くねぇ。
そう、もっと噛みつけよ。絞め殺してやるからよ…

…ッたく…たまらねぇ、よな…本気で。