山盛りのフライ。
山崎がテーブルに置いたそれを見て、さすがの俺も驚いた。
勧められるままに箸の先にそれを刺してみると、一つのフライはそれほど大きくないことがわかる。
「…なに、観察してんだよ?」
山崎が俺を苦笑しながら見てる。
俺の反応を見るようにそのフライをひとつ箸にとって、ひょい、ぱく。
もぐもぐ。
山崎がものを食べているのを見るのは初めてではない。
だが、俺がはじめてみるものを食べているのを見るのは初めてだ。
…こんがらがりそうだな…あー、まあ要するに、俺の目の前にあるフライはそれだけ珍しいってことだ。
だって、こんなに小さな魚…
「こりゃ公魚ってのよ」
「ワカサギ?」
「ああ、今日の朝篠原が来ただろ、アレ、これ持ってきたんだわな」
「ほう」
篠原か。
入手先が篠原なら、食えるものではありそうだな。
箸の先に刺しておいたフライを口に運んで。

口に入れてはみたが、ちょっと心もとないな。
食べてみると意外に淡白な味で、なかなかに美味い。
しかし、心もとない。
ナゼって、小さいんだ。
食えるものであるコトを確認した俺は、まとめて口に放り込んでみようと箸を構えて、
ちょっと考えて箸を置いた。
そのまま、フライを手でつかむ。
「うお!オイ、手づかみかよ」
自分の分がなくなるのを察知してか、山崎の箸が自分の小皿に取り分けるのを確認して。
そんじゃ、遠慮なく。

うん。

美味い。

「だろ?篠原が釣ったんだとよ、イカホって行ったじゃねぇ?前よ、あの階段があったトコ」
「ああ」
「あれよりもっと山を登ってくと、ワカサギが釣れる湖があってな」
「ほう」
「…忙しそうだな」
「ん?」

山崎が口を動かしている間、俺はせっせとワカサギに口を費やして。
はは、と、山崎が笑う。
うむ。とうなずいて。
やはりイイ。
「なにがよ」
「俺が抱くお前の体が一日どうやって暮らしていくかをつぶさに見るってのは溜まらんな」
「…死ぬか一遍」

ぺち、
と、ワカサギが飛んできた。

そう言う山崎のテレも俺のツボなのは間違いないようで。

飯を食い終わって台所に腕をまくって立った山崎を後ろから羽交い絞めにした。
ぐえ、と情け無い声を出して山崎が逃げかける。
「腹を押すな、苦しいだろッ」
声を無視して、髪に鼻を埋め…

顔を上げた。
うん?
バフ。
もう一度髪に鼻をつける。
「なにしてんだよ」
「うー」
「そ、ソコで喋るんじゃねぇっ!」
後ろ手に殴られながらもう一度顔を上げて。
山崎の着ているぴったりしたシャツを咥えて引っ張ってみる。
「?ちょ、と、おい、クリード?」
「…サカナクサイ」
「へ?」
「魚の匂いがするぞ、油の匂いもだ」
俺の言葉に、山崎が自分の服を引っ張って匂いを嗅ぐのを見て。
うん?と首をかしげて、俺の手を引っ張って俺の指の匂いを嗅いで。

匂いを嗅がれるってのは、ちょっとばかり照れるものだな。
「本当だ、サカナくせえ」
「だろう」
「まいったな、そっか、ワカサギ揚げたときに匂いがついちまったんだな、まあしょうがねぇイイや」
いいや?
いいもんか。
よく無いぞ。俺はよくない。
「いいんだよ、後で洗えば…」
「よくない、よくない、お前の匂いがしない」
「は?」

前に回した腕で胸元を締め上げて、
グイ、と体をそらして山崎の体を持ち上げた。
「ぐ、ちょ、苦しいッつーんだろ、オイ!」
「まあまあ」
足をばたばたさせてる山崎をそのまま引きずるようにして移動して。
キッチンの隣の扉を足の先で開けて、その中に押し込んだ。
「オイ?」
体を降ろされて、俺を怪訝そうに見る。
「もしかして、クリードお前さあ」
「もしかしなくても、だ」
「やんの?メシ食ったばっかだぞ?」
ぶつぶつ言ってる山崎の服の裾に手をかけた。
どうも俺は山崎から山崎以外の匂いがするのが好きでは無いのだろうか。
まあ、構造上一般人より嗅覚が強いからな、
あまり気をそがれるような匂いってのはやはり良い物じゃあない。


キッチンの隣。
その扉の奥にあるのは、風呂場。
服を脱がせてから、その中に山崎を押し込む。
「ちょ、オイ、なんだよぉ」
「まあまあ」
「まあまあ、って、…うぷ」
シャワーのコックを捻って山崎の言葉を塞いだ。
さっさと、魚の匂いは落としちまおう。な?
「…しょうがねぇな、まあどっちにしろ風呂は入るつもりだったからな、どっちが先でもイイか」
イイか、といいつつ、俺の頭をゴチンと殴って。
どこからか拾ってきた犬を洗ってるみたいな気分で、山崎の髪を濡らす。
髪を伝う水が、山崎の体の線をなぞるようにして足先まで流れるのを見て。
なんだか悔しくなって流れに逆らって指を這わせると、水がはねて。
どうも違う気がして。
裸の胸を流れる湯にそって指を這わせた。
「…っ、クリード」
「ん?」
「髪、洗っちまうから待ってろよ」
「ああ」

シャワーを浴びていても簡単に取れるように、高い位置に設置してある物入れ。
そこからシャンプーを取り出して。
溶液を手に取り出すのをじっと見て。
その手が、髪に通されるのを見て。
って、
え?
指が通ったのは、俺の髪。
「おい、山崎?」
「俺も臭けりゃお前も臭ェのよ」
に、と俺に向かって笑って。
なら、しょうがないな。
シャンプーを俺も取り出して。
山崎の髪の上に、溶液をそのままぶっ掛けた。
「とどかねえだろ、ちょっと大人しくしてろよ」
山崎が文句を言うから、山崎に押されるままに風呂場に座り込んだ。
山崎は自分の髪にかけられたシャンプーが流れて目に入るだのなんだのと
自分の髪をかきあげては俺の髪を触る。
シャンプーの匂い。
魚の匂いではないが、これも鼻につくことはつく。
だけど、気分が悪いものじゃないのはなんでなんだろうな?
「そりゃ、サカナの匂いさせてるヤツよかシャンプーの匂いさせてるヤツのがイイだろ?」
「ん、まあそうなんだが」
自分の指の匂いを嗅いでみて、まだ魚の匂いがしたから、早く山崎の髪に指を通したかった。
けど、山崎が俺の髪を洗うから。
「あー、ひっからまっちまってンよ」
「そうか?」
「整髪料つけすぎなんじゃねぇの?泡がでねぇぞ」
むくむく、と俺の髪が触られて。
前髪をゆっくりとかき上げられて、気持ちよくて目を閉じた。
「はは、犬みてぇ」
山崎が、笑う。

泡を流し終わってから、山崎の頭に手をかけた。
鼻を近づけてみる。
「魚だ」
「いいよ、自分で洗うからよ」
「おっとそうは行かんぞ」
すり抜けようとする体を押さえ込んで。
出しっぱなしのシャワーが背中に当たって暖かい。
その暖かい場所を山崎の背中に譲って、背を流れる水滴をもう一度見た。
髪に指を通しながら思う。
山崎の匂いってのは、どんなだったかな、と。
「俺香水とかつけねぇしなァ」
「だな」
香水の匂いがするときは、何かあったときということだな、覚えとくぞ。
「タバコかもしんねーぞ」
「タバコ?ああ、確かにタバコの匂いもするな」
髪に指を通しきって手を放すと、勝手に山崎は体をそらせてシャワーを髪に通した。
目を閉じて。
髪が流れに当てられて、ゆらゆらと揺れている。
泡に濡れたままの俺の手。
そらした胸に、当ててみる。
張りのある肌。
「…クリード、なにしてんだよ」
「いや」
「?」
山崎がそのままの姿勢で目を開けた。
片手で髪をつかんで、その頬に舌を這わせる。

…水の、匂い。

指先の泡で胸元をそっと弾いて。
「…っ」
「気持ちいいか?」
「…聞くな」
そむけようとする頬にも、泡の指を這わせた。
「…クリード?」
「俺の匂いがしない」
「ったりめーだろ」
「そうかもしれんな」
する、と滑る指の感触に、つい気をとらわれて。
その指を山崎の体に這わせる。
滑る、指。
しなう体。
腰骨に指が引っかかって、それを撫で付けるようにしてさらに下へ。
同じ水の匂いの体をあわせて、引き寄せて立ったまま唇を吸い上げた。
腰を引き寄せると、体が密着しちまうから。
その肌の間に指を滑り込ませて、山崎の其処をなぞり上げる。
なぞり上げて、包んで、捻りながら扱き上げた。
「…っ、ん、ふぅ、っ」
離れようともがく体を引き寄せて、強く刺激を与えて。
片手で俺を押しのけて、片手で俺の腰を引いて。
矛盾している山崎はそれで山崎。
プライドと快楽の狭間で葛藤する様ってのはいつ見ても俺をそそり立てる。
「あ、う、ッ……」
山崎の体の匂いが強くなって、ケモノの匂いをちょっと感じて。
泡とお前に塗(まみ)れた俺の指。
どんな匂いがするんだろう。
体中にそれを這わせたら。
どんな匂いになるんだろうな?
なあ、山崎。

死ぬほど、気持ちよさそうな気がしはしないか?

「…クリード、お前魚の匂い嫌い、だっけか?」
「嫌いじゃない」
「?」
「お前は魚じゃなくて水」
「はぁ?」

荒い息が眉を寄せて笑ってごまかそうとするから、
髪を引いて押さえ込んで。
口元で逆に俺が笑う。
「水の匂い、タバコの匂いのする水だな、其処で俺が泳ぐ」
「…な、なに言ってんだよ」
「泳ぎまわってやるから体中で俺を感じな」

俺の言葉にやられて、山崎が俺の腕の中で、水になる。
びしょぬれの体をゆっくりと突き上げながら、息を聞いて、声を聞いて。
山崎の指がタイルを引っ掻いて震えるのを見ながら、
片手で逃げる腰をつかんで、片手で前を愛撫する。
「…う、あ…死にそ、…ッ、っ」
「良さそうだな、随分」
「や…!、ああっ」
俺の言葉に動きに、山崎が乱れて。
食いしばった歯の根がギリギリと音を立てて、俺の奥底を刺激するから、もっと。
腕を掴んで引き上げて 体が跳ねて雫が飛び 山崎の指が宙を掻いて …悲鳴がかすれて消えた。

抱くと混ざる俺たちの匂い。
慣れない匂いより慣れた匂い、

お前の匂い。

山崎が崩れ落ちる瞬間に、慣れた匂いを強く感じて。
やけに満足して、逃がさないように抱き上げた。









「…もう、片付ける気力がねぇー」
「そうかそうか」
「お前片付けろ」
「なぬ?!」
キッチンの椅子に座ってる山崎に急かされて、しょうがなく台所に向かってみた。
シンクの中の皿は魚の匂い。
魚の匂いにムっとして、いつも山崎がやっているようにスポンジに洗剤を取って。
「っはっはははは!そりゃ歯磨き粉だ!」
「お?」
確かに、つんとした匂いがする。
うん、違うな。
「そっちだよ」
…スポンジに洗剤を取り直して。
気も取り直して。
皿を取り上げて、スポンジでぐにゅぐにゅ、
泡が出てくるのを確認して、気に入らない匂いはさっさと流して…
ん?
ああ。
こりゃ、

…山崎の匂いだ。

「落とすなよ」

いつの間にか、俺の隣に山崎がいて。
その髪からは、俺が使ったシャンプーの匂い。
なるほど。
山崎の手を取って、指先をスポンジで撫でた。
「な、なにしてんだよ、俺の指まで洗わなくっていいんだよ!」
あわてて水で流してる様子に笑うだけ笑ってから、皿を洗った。
山崎の匂いの一部を山崎に返しただけなんだがな。
心配そうに俺の手元を見てるけど、それほど捨てたもんじゃないんだぞ、俺も。
ツル
「危ねッ!」
落としかけた皿を山崎がキャッチして、俺の手元に戻す。
また、指についた泡を流して。

どうやら、俺はお前の匂いがしないと落ち着かないようだから。
皿を滑らせるフリをして、ココから逃さない。
魚の匂いが落ちきった皿の群れを山崎が水で流して。
追いつかない俺の洗いに口を尖らせて手を濡らしたまま待ってる。
まあまあ、もうちょっと待てよ。
ちょっと俺は楽しいんだ。
皿を洗いながら、山崎の髪を唇で食んで。
どっぷりと匂いに浸かって。
足りない分の匂いはまた後で貰いに行くからな。


美味かったワカサギの匂いは、流れて消えちまう匂い。
山崎が用意する色々な匂い。
食欲と性欲は似たり寄ったりだと言うが、刺激する匂いは違うもんだな、などと妙に納得して。
食欲じゃない方を刺激する山崎の匂いを髪から嗅いだ。

山崎が目を閉じるから、安心して。
「皿、洗ったらもう一度な」
「え゛?!」


山崎の手から落ちた皿をあわててキャッチした。
さあ、さっさと洗っちまおうか。



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コメント

ぬあ。
バカップルですか?ヒィ。