「俺のなにが悪いってんだよ!?そもそもだな、テメーは家のコトやったことがあんのか!!」

バン!今朝来たばかりの新聞をテーブルにたたきつけて、
クリードに向かってぶん投げた。
「うぉ!いちいち物を投げるな!女かお前は」
「ウッセェ!知ったような顔してんじゃねぇ!」

今日の喧嘩の原因。
朝からカレー食うのは嫌だのなんだの、そりゃ俺だって嫌だ!
だけど昨日のカレーがあまってんだからしょうがねぇだろ!
「そもそも、俺は小間使いじゃねぇ!何で家のコト俺がしなきゃならねぇンだよ!」
「俺が出来ないからだ!」
「やらねぇだけだろうが!」

もう、アッタマ来た。
いつもそうなんだ、メシ作るのも洗濯するのも、掃除すんのも、
全部俺。
確かに仕事自体は、俺よりクリードの方が量はあるだろうけど、
たいして変わりゃしねぇじゃねぇか。
お前にメシ作って美味いって言ってもらってウレシイー、だなんて、
どっかの世間知らずな恋人同士じゃあるまいし、
そもそも、メシ作るのは俺のシュミの範囲程度なんだ、めんどくせえのはめんどくせえに変わりねえ。
毎日毎日、メシ作って風呂沸かして掃除して。
…考えてるだけで、自分がどうにかなっちまいそうだ。

「俺にさせようってなら、無駄だぞ山崎」
「期待なんかしてねぇよ!」

バン。
投げるもんが無いから、履いてたスリッパをつま先から発射してやった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

顔面が痛い。

ったく、ヒステリーめ。
実際なぜ俺が怒られなければならんのだ。
俺は本当に思ったことを常に言っているだけであって、
なんとかしろ、と無理に言ってるわけじゃない。

…山崎からしたら、俺がわがままを言ってるように聞こえるんだろうがな。
言ってるのか?
わがままを?俺がか?
いつもだろうがそんなことは。
俺が手伝えば満足するのか?そうは思えんぞ。
俺が洗濯なんかしたら、服はこの爪でボロボロになるだろうし、
掃除?…そもそも、どうすることが掃除なのか、知らん!

足元に落ちたスリッパを拾って。
キッチンの椅子に座って歯軋りをしている山崎をちらりと見る。

「俺がどうすれば、満足なんだ」

俺の言葉に、目をギラつかせてすごい形相で俺を見る。

「んだぁ、その言い草は」
「俺がどうすれば、満足なんだ、と聞いているんだ」
「まさに俺は悪くないがしょうがないから譲歩してやってます、ってな言い方だなオイ、
 どんなに偉いんだお前が?アア!?」

ムカ。
人が下手(したて)に出てやれば、隙間をつつくような真似をしやがって!
「そもそも、お前が勝手にやっていることだろう!」
「んだと!?」
「俺は頼んだ覚えは無いぞ?」
バァン!
ものすごい音、テーブルが割れるかと思った。
立ち上がった山崎の目が気に入らないから、掴みかかって牙を向いて顔をつかまれてその手に爪を立てて
「こンの畜生以下ァアア!」
「畜生に犯されて喜ぶやつがよく言うわァ!」
ピンポーン。
「いっぺん死ぬか!?」
「おお、殺せるもんならやってみやがれ、到底無理だろうがな!」
力任せにキッチンの壁に押し付けて、腹を蹴り上げる足に爪を立てながら、顔の手を払ってもう一度牙を…

ピンピンピンピン

あーーーーーー!
「うっせぇ!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

噛み付こうとしたクリードの顎の下を屈んですり抜けて。
なんなんだ、こんな時に!
新聞屋だったりしたら、追い返すぞ、ワンパン入れてからな!
保険屋なら、自分に保険かけてから、玄関を開ける用意しとくんだな!
「逃げるのか山崎!」
「黙れ!テメーは一生カレーでも食ってろ!」
「…なんだと〜〜〜〜!」

ピン

「しつこいんだよ!」

力任せにノブを捻って、
バキン。

「あ゛」

ノブ、取れちまった。
むかつく。
なんなんだよ、何もかも上手くいかねぇ。
「勝手に開けろ!」
俺の怒鳴り声に、扉がガバ、と開いて。
「ヤマザキィ〜〜!」

抱き。

…ぁ?

な、なんなんだ、この鼻腔をくすぐる、にとどまらないメマイのしそうな香水の匂いはァ?!
俺の首に抱きついてる女。
そう、女。
黒髪が、俺の頬の横を埋めている。
太め、というよりはふくよか、いわばグラマーな体つき。
「…サンディ?」
「うあーん」

ぎゅ、と、さらに強く抱きつかれて。
「ちょ、ちょっとくるひい」

キィィィィ。
情け無い音を立てて、玄関から居間に通じる扉がゆっくりと開いて。
何事かと、クリードが顔を出す。
泣きじゃくる女と、落ちかけてる俺とを見比べて。
「だ、誰だその女は!」
見て、わかんねーのかよ!自慢の鼻で気づけよオッサン!
「サンディだよ、サンディ!…うぐぇ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

泣きながらお茶を器用にすする女を目の前にして。
俺は、テレビの画面を見ているような気分で、サンディと山崎の座るテーブルの向かいに座った。
泣きじゃくるサンディをテーブルに腕をついて覗き込んでは、
苦虫を噛み潰したような顔をしてため息を吐いて。
「だからってなんで、俺のトコにくんだよお前はァ」
「だって、ヒカルちゃんとヤマザキは仲がイイノネ」
涙目でグチャグチャになった顔を上げてサンディがそう言う。

ヒカルちゃん?
「…篠原の下の名前、ヒカルってンだよ、なんとも言えねぇよな」
山崎が俺に向かって苦笑いしてみせる。
どうやら、俺たちの喧嘩はこのサンディという台風に一時押さえ込まれちまったみたいだな。
このまま、流しちまうか、面倒だからな。

「で、なんかあったんだろ、篠原とよ」
「ソウナノよ」
手の甲でまぶたをこすって。
涙をジーンズの脇で拭いて、ティーカップにその手を運ぶ。
忙しい女だな。
そもそも、何で山崎はこの女を家に招きいれてんだ?
追い返しちまえばいいものを。
…まぁ、サンディが来たお陰で、喧嘩が収まったわけなんだが。

「お前がワガママ言ったんで篠原が怒ったんじゃねぇのかァ?」
「チガウのよ、チガウの」
「じゃ、なんだよ」
「アタシ大変なの、仕事終わるでしょ、朝でしょ」
「まあ、夜の仕事は帰りゃ朝だわな」
山崎がうなずいて。
その手が、サンディの髪を撫でてる。

なんなんだ、その手は。オイ。
「でね、お風呂洗うでしょ、がんばるの、でも眠いの」
「だとよ、クリード」
「何でソコで俺に振るんだ」
「…別に、わかんねーンなら別にイイ」

ムカ。

腹が立ったから、テーブルから立ち上がった。
「ちょっとタバコを買いに出てくる」
「…勝手に行けよ」
「後で大変なのはお前だからな山崎」
「知るか、マグロんなってやる」

チ、と、舌打ちをして。
玄関を開けようとしてノブが無くて戸惑ったが、殴り飛ばして家を出た。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「クリード怒ってるのね」
「ん?ああ、ほっとけ、アイツが勝手なんだ」
「…イイノ?ナカヨシじゃナイのよ?」
「…いーんだよ」

サンディ、泣き付いてきたくせに、俺に気なんか使って。
俺も多少愚痴りてぇんだ、お前も篠原のこと、ぶちまけちまえよ。

「ヒカルちゃんのコト?」
「それで泣いてたんだろ?」
「ヒカルちゃん悪く無いの」

…え?

「ヒカルちゃんに、怒られたの、ちゃんと寝なさいて、デモ、ヒカルちゃんのゴハン美味しくないのね」



面食らって。

…ちょっと、つまんねーことでブチ切れてた自分が照れくさくなった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

なんだというんだ、わざと俺に話題なんか振りやがって。
そもそも、俺に何かさせたいのなら、はじめからはっきりとそう言えばいいんだ!
…なのに、切羽詰ってから言いやがるから、カドが立つんだ、
はじめから…
…いつ言われても、面倒なことは乗り気がしないのは違いねぇか。

ふ、とサンディの髪を撫でる山崎が頭の隅に横切った。

電柱を殴ろうとして、踏みとどまる。

こ、壊すわけにゃいかん。
イカンイカン。
大きく息を吸って、吐いて、
殴りかけたコブシを、力なく電柱に当てた。

チ、

今日は舌打ち、何度目だろう。
確かに、山崎は大変だとは思うぞ。
女でも無いのに、女に押し付けられる仕事をやってるわけだからな。
最近は主婦が交代して主夫になってる家庭もあるというが、
俺は到底家事など…

面倒だしな。
どうも、カッコつかないしな。
楽しいもんじゃねぇしな。あんなものは。

…山崎だって、楽しくないに決まってる。

じゃあ、どうすりゃいいというんだ。

確かに、問題なことには違いないが、あてつけがましい事までする事もなかろうが!!!

あー、腹が立つ!
とにかく、出てきちまった手前、そうそう簡単に家に帰れるモンじゃねぇ!
朝早くから、町の中をうろつくなんて、シュミじゃぁないぞ。…全部山崎のせいだ。
家に帰ったら、有無を言わさず縛って、そうだな、タバコで焼きでも入れてやる、
それだけじゃたんねぇ、あー、何かアイツが泣きそうなことでも思いつかないか、俺の脳みそよ。
ウーン、と眉を寄せて、電柱を見上げて。

俺は、さっきからずっと電柱に向かっていたのか。

自分の唇がひしゃげるのを感じながら、電柱に背を向けて歩き出すべく、クルリと振り向いた。

「!?」
思わず飛びのいて、後ろ頭が電柱をかすめる。
「ど、どうも、先日は」
俺の背後にボーっと突っ立っていたのは。
「シ、シノハラ?!」





げんなりとした顔のシノハラに、なんだか俺まで生気を吸われそうだから、
ちょっと離れて、成田神社の石段に座った。
「なんでですかねえ、楽をさせてやるつもりだったのに」
「…俺が知るか」
「そうなんです!」
「は??」
ガバ、と立ち上がって。
また座って。
なんだ、忙しいやつだな。
…サンディと一緒だな。
「我関せず、って感じなんですよ、家事を自分がするのは当たり前だと思ってる」
「そりゃ、女が家事するのは当たり前だろうが」
「それは古いですよクリードさん」
「なんだとぉ!?」
「ひ、いえ、あの、保守的な考え方ですね」

ふん。
どいつもこいつも、言いたいことを言いやがって。

「寝る時間があまり無いから、僕との夫婦生活も無いし…」

ハァ。

「…フーフセイカツ?」
「…あ、夫婦間のセックスのことです」
「…」

シノハラが言うことには。
忙しくて。
時間が取れなくて。
疲れて寝ちゃうから。
セックスレス?








そりゃ、マズイ!!!



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


サンディの様子は随分落ち着いて。
逆に俺の愚痴を聞いてもらう羽目になっちまってるみたいで、
テレビをつけてお茶を濁してみる。
「あ、コレヒカルちゃん好きなのよ」
「あん?」
二人でテレビ見て。
なんだか、気分も晴れてきたってーのに。

ドカドカドカドカ!

「…帰ってきやがった」
「仲、よくスルノネ」
「…わーってんよ」

ガバ、と扉が開いて。
勢いで逆側の壁に扉がぶつかっちまって、それがもう一度勢いよく開いて。
な、なんだ?
「ヤマザキ!」
飛び込んできたクリードに飛びつかれて、椅子ごと床に倒れた。
「痛ぇ!な、ナニすんだ!あぶね…」
「寝ているか?」
「は?」
「睡眠時間はちゃんと取れているんだろうな?!」
な、なに言ってんだ?
「どうなんだ?!」
「そ、そりゃ寝てはいるけど、別に対して寝なくたってよ」
「よくない、きちんと眠れ!」
「は、はぁ」
「忙しくは無いか!?」
「はぁ?!」

俺の肩を掴んでグラグラと揺さぶって。
クリードの顔見たら、なんかやけにあせってる。
「な、なんなんだよ!いい加減にしろ!」
「困るんだ、お前が忙しかったり寝てなかったりするとだな!」
すると、だな?
「困る!」

はぁあああああ?????!?!?

サンディが笑ってて。
クリードにガクガクと揺さぶられてる俺にちょ、と手を振って。
「やっぱり仲イイノネ」
「こら、サンディ邪魔しちゃ駄目だよ」
「ウン、帰って寝るのよ」
「そうしなよ」

…オイオイ、当たり前みたいにそのままおいてくなよ!
この状況って、なんなんだ、俺には理解できて無いんだぞ!?
って、何で篠原?

クリードのヤツ、何か篠原に吹き込まれたのか?
「オイ、わかんねぇぞ、なにが困るんだよ?落ち着けってばよ!」
「フーフセイカツだ!」
「ふ、夫婦生活…?って、夫婦!?」

俺が理解しきったのを確認したのか、
揺さぶる腕を止めて。
情け無い顔で、俺を見てる。

「洗濯は、洗濯屋に任せればいいから、」
「別に、眠れねぇほど忙しくねえよ」
「…本当か?」
「暇だよ、どっちかってェと」

きょとん、とクリードが我に返って。
ふぅ、とため息をついて。
オイオイ、大丈夫かオッサン…

「大丈夫なんだな?」
「…大丈夫だけどよ」

何で、お前の右手、俺の腿を撫でてるわけよ?


「や、安心したら、やる気がわいてきてな」
「って、まだ篠原がいたらどうすんだよ」
小声で言って、玄関先の音なんかに耳を傾けて。
何も聞こえないから。
クリードが俺の首を舐めようとするのを、さえぎらなかった。
「…好きモン」
「違いない」
「色ボケ」
「お互い様だろう」
もう一度、耳を澄ましてから。
クリードの頭、引っつかんで俺流のねちっこいディープキス。

フローリングの床は、それほど冷たくなかったから。
多分、床暖房。いい家だよな。
こういうことするンにゃ、もってこいの。
「…ぅ、あ…」
器用に服を脱がされて、器用に服を脱がして。
腰に足を絡ませると、熱い衝撃が体を割る。
「…ッ、ん、は」
「マグロになるんじゃなかったのか?」
「…俺のマグロは活きがイイんだよ、ッ」
舌を出して。
強く足を締め付けた。
ピンポーン
「…な、背、中、…こすれて…痛ェ」
「じゃあ、持ち上げてやる」
ピンポーン
「…誰か、来て…」
「ほっておけ」
「…だ、って、よ、見られ…」
「やけに締め付けるな?スリルで濡れるってヤツか?」
「ち、違…!バッカ…ッ、ぁ」

チャイムの音が何回鳴ったのか、もうわかんなくて。
玄関、壊れてっから、なんだろうと思ってんだろうな…
クリードの腕に爪を立てて。
一瞬夕飯のことを考えて、外食でいいか、なんて思って。
だから、体を強く反らして締め上げた。











「ったく、サンディと篠原に当てられちまったなぁ」
「まったくだ」
カレーをかっ込みながら、さっき入れて冷たくなっちまってた茶をすすって。
時間はもう昼だから、朝からカレーがどうとか、ってのはもう通用しねぇだろ。
「なあ山崎」
「ん?」
「今度、俺が飯を作ろうか」
「…え?お前が?おっさんメシ作れンのか?!」
「…生肉くらいなら」
そりゃ、作る、って言わねーんだよ。
「いや、お前ばかりにやらせてるとやはり気が引けないことも無い」
なんて、クリードが言うから、あわててさえぎった。
どんなモン食わされるかわかりゃしねぇ、俺の方がまだまとも…
サンディも、そんなこと言ってたな。
「…無理をするなよ?俺が困るからな」
そう言って、俺を指差して。
指差してる指の下で、俺の皿のカレーをすくい上げてるスプーンはなんなんだよ。
「いや、美味いから、つい、な、ちょっと分けろ」

そんなこと、困ったように言われたら、やっぱ、メシ作ろうかな、って気になっちまうんだよな。
今度わがまま言ったら、有無を言わさずぶっ飛ばすからな。
もぐもぐしてるクリードの口をスプーンで指差すと、飲み込んで、満足そうに、
「その方がわかりやすくくてイイ」

だとさ。



まぁ、俺だって楽しみはとっときたいからな。
無茶なんかするわけねぇじゃねぇか。



二人で暮らしてる、って言う現実、別に悪かねぇ。
こんな面白いこと、そうそう俺が不意にするわけがねぇだろ、まあ、任せときな、って。
ワガママはゆるさねぇけどな?言ったら恐怖のマグロだかんな。