不意に、コートのポケットから振動音を感じた。
腰の脇に振動が当たってむず痒くて、慌ててポケットに手を突っ込む。
抜き出した俺の手にあるのは、携帯電話。
こんなモン、持ちたかねェんだけどよ、
やっぱ便利じゃなきゃ商売ってのは成り立たねーみたいでな。
やむをえず、って奴だ。
ボタンを押して着信する。
相手の男は同業のブローカーだった。
そいつと、簡単な情報をかわす。

携帯ってのは、本当に所構わず鳴りやがる。

「おい」

電話の男がリンチに合いそうになったとか言って俺に泣きついてきていて。
最近の売りのフィールドはどうもこう、多国籍化してきて内乱が多い。
「…だからよー、言ってんじゃねぇか、アソコは今やべえから仕事にならねぇ…」
俺が前にもそう言って忠告しておいたのに、コイツは〜。

「オイ!」

肩を掴まれて、
「っせーな、ちょっと黙ってろ」
一言だけ言ってその手を払った。

っとぉ?

あ、そういやァ。

携帯から耳を離して、横を見ると
セイバートゥースの姿。
微かに赤らんだ顔が、アルコールの度合いを示している。
まぁ俺も結構入ってんだけどな。
さっきまで、こいつ、セイバーと一緒に行き付けの飲み屋で飲んでたんだ。
俺も結構なもんだが、コイツはザルかと思うほど酒が強い。
そのセイバーが軽く酔ってんだから、飲んだ量ってのはハンパじゃねぇのは察しがつくよな?

離した携帯の向こうで、泣きべそをかくような声が俺の名前を呼んでいる。

俺の横には、ほろ酔いのいかついオッサンが、手を払われてムッとしたツラで。

「んだよ」

そのツラにそう言ってやると、片眉を上げて溜め息をつかれただけだった。
まァあんまりほっとくのもワリィか。
ってことで。

「まぁリンチされても殺しゃぁしねぇだろうからよ」

電話口にそう吐き出して、こっちから切った。
泣きまねのような声が一瞬聞こえたような気がしたが、まぁどうってことねぇだろ。
携帯をポケットに突っ込んでセイバーの顔をうかがうと、
如何ってコトなさそうな顔してやがるから。
まあいいか、とそう思って。
そのまま、歩き出した。
夜の繁華街、久しぶりにこうして客として歩く。
ハマの中華街から少し奥にそれた道に、俺の縄張りがある。
この辺りの警察は面倒ごとを避けるから、俺は野放し、イイねぇ、平和ボケってのは商売がしやすくて。

「次ドコいくよ?」
「…テキーラが飲める場所はねぇのか」
「あるぜ、んじゃソコでいいか」

テキーラが飲める場所ってのは、俺がたまに顔を出すバーで。
酒しか置いてない、だから酒飲みしか集まらねぇ。
ウザってぇようなガキやら、雑音がなくてイイ。
その店に入るには、ちょっと妙な道とおらにゃならねェんだけどな。
…ここ、この建物。
この建物の横の細い路地を通ると、店の裏手に出られるんだ。
表の入り口は、一般客、
裏はまぁ、言ってみりゃ俺専用みたいなモンだ。
店の人間が通る以外は俺くらいしか通らねぇ。

しかし、この路地に聳え立つ建物があんまり好きじゃねェんだけどな。
なんでかって?
新興宗教の教会の横、なんだよなぁ…。
暗いしよー。
なんかこう、履き違えた隣人愛っての?そう言う精神が身体にもろに感じられんのよ。

「ん?」
また、ポケットの中で振動。
なんか俺に言ってるセイバーに手をかざして、携帯を取る。
さっきの奴とは違う男だが、また同業者だった。
年末になると、物入りだよなァ。
男の声に答えながら路地裏に入る。
話し終えて電話を切ると、速攻で手の中で携帯が震えた。
「ああ?今日は多いな」
そう愚痴りながら、もう一度…

「オイ」

あ?
手許から、携帯がするりと抜かれて。
見上げると、俺から携帯を取り上げたセイバーがそりゃもう面白くねェって顔してて。
「んだよ。こっちだって仕事なんだからしょうがねぇだろ。返しな」
「仕事だと?はーん。」
「なんだってんだコラ…返せっつーの」
ふい、と手許から離れた携帯が、地面に落ちて。
着信した画面がオレンジ色に光る。
そして、掻き消えるように闇に飲みこまれた。

「っだよ!切れちまったじゃ…」
「俺を無視するな」
「ああ?」
「無視するなといっているんだ。お前は俺しか見えない、それでいい」
「俺は良くねぇ」

殴りかかろうと思う気持ちを押さえて、
地面に落ちた携帯に手を伸ばす。
その手を、セイバーの足に踏みつけられて。
「…痛ッ…」
痛みに顔をしかめて、見上げる。
「足を、除けろ」
「どけてみな」
「んの…」
ぐ、と腕に力をこめる。
コイツ、なんだってんだよ。
ほっとかれて淋しかったってか?そりゃそうだろうけどよ。
でも俺にだって…

足に力をこめられて。
手の甲の骨がギシリ、と音を立てた。

「お前は俺に従えばいい、文句は一切聞かんぞ」
「なんなんだよ!悪酔いにも程が…」

つぶされる手の甲の痛みに、地面に膝をつく。
土の匂い、と、
肩まで走る鋭い痛み。
もう、勘弁ならねェ。
「酔ってるからって好き勝手やッてんじゃ…ねーぞコラァ!」
勢いよく手を引き上げて、擦れた痛みを怒りと共に拳にして。
奴の顔面目掛けてストレート
「!」
俺の拳が入る前に。
俺の鳩尾(みぞおち)に、鈍い衝撃。

勢いで壁に背を当てる。

「酔っていようとなんだろうと、今俺は気分が悪い。貴様のせいだ」
「………ッ…んの、ヤロー…」

暗がりで影になって見えない表情が。
恐らく俺を強く睨みつけている。
突然目の前が暗くなって、唇に感触を感じて、キスされたと気づくまで
多分たっぷり十秒はかかった。
「んー!!」
こ、こんな所で誰かに見られでもしたらどうすんだ!!
身体を捩って突き飛ばし、逆に腕を掴まれて。
…まさか。

「…ここで、しようってんじゃねぇだろうな!?」
「ソレも名案だな?」
「や、やめろ!冗談じゃ、ねーぞ!!」

大口を開けた俺の口がもう一度ふさがれて。深く舌がねじりこまれる。
ぬめった舌の感触が口内を徐々に侵して…
目を開いて、その感触に絶えた。
絶え…
くちゅ。
深くゆっくりと掻きまわす舌、
敏感になっていく舌先。

「ん、ぅ…」
口元から溢れた唾液をセイバーの指がからめとる。
口付けしたままの俺の口内に、指を捩じ込んで。
…随分と、激しいコト、してくれんじゃねぇか…
くッそ…
やらしー気分に、なんて、なってやらねーから、な


真横に微かに見える繁華街の明かり。
明かりを途切れさせるように行き交う人の姿が見える。
誰もこんな横道なんか気にせずに歩いていく。
でももし
もし、少しでもこっちを見られたら。

壁を背にして突き上げられてる俺の姿

見られたら、どーすんだ、よぉ…。





「っく、ァ…ぁ」
「イイのか?そんな声を出して」
背をセイバーの手に支えられて、力の抜けた俺の身体。
下半身の奥に快感を植えつけられる度に、ソレを咥え込んで締めつける内壁。
俺の膝を抱えこんで。
乱れる俺の表情をニヤニヤしながら覗きこんでいる、
オメー、いわば、変態って、奴、だろそれはよぉ…

繁華街の明かりに立ち止まる人影。
ゾクリ、と来て、身の毛がよだつ。

その直後不意に消える人影。

ふ、と安心した心を、急激に驚かせるのはあの振動音!!!
心臓の音が耳にとどいてしまいそうなほど脈打っていて。
驚きもせずに、今気がついたと言うそぶりで。セイバーが足元に目をやる。
暗がりの振動音は、ひどく大きく聞こえた。
まさかこの音に気づいた奴がこっち覗きこんだりとか、
しねぇ、よな!?

「セイ、バー、携帯、切れ…ッ」
「…ふん、まあそう言うな…そうだな」
「ぁ、な、なんだよ、気づかれでも、したら…」
「俺が代わりに出てやろう」
「?!?!」

屈み込んで携帯を拾い上げた指が、ピ、と言う小さな音を発した。

「き、切れ、って」
小声でそうたしなめても。
セイバーは俺を見て笑うだけ。
「ハロー?」
「で、出んじゃねぇ……」

セイバーの声に相手が反応したのが、微かにだが聞こえた。
この声は。

ビ、ビリーじゃねぇか!
冗談じゃ…

「今、山崎は取り込み中でなぁ」

そう言っておいて、俺をグイと突き上げる。

「…ッ…!」
「そうそう、電話に出られねぇみたいだから俺が代理に出たんだ」
「……ン…」
「どうする山崎?ビリーが話したいと言っているぞ?」

無理に動かされて、
息が上がって、それどころじゃ…!
携帯を口元に近づけられて、息を止めた。
首を振ってどけろと指し示すが、笑ってみているだけ。

「出ろ」
「…ッ…」
「出ろといっているんだ」
「………」
「出ないなら、人を呼ぼうか?」
「…お、俺だ…」

電話の向こうのビリーの声。
なんか、言ってる
けど
もう
身体、
滅茶苦茶、で…

「切れ、切れよ、セイバー…ッ!」

俺に向かって意地悪く舌を出して。
冷たい風に晒された俺の身体に顔を埋めて、躊躇なく胸の突起に歯を立てる。

「…ッ、ァ!」
「どうした?山崎?調子でも悪いのか」
耳元で囁かれるような息。

何事か問うビリーの声に思わず叫んだ。

「…ビリー、ッ、頼む…切って、くれ…!」

ぽす。
と、砂の音。
セイバーが地面に携帯を落とした。
容赦なく俺を攻めたてて。
もっと声が出るように、って
携帯だけじゃない
通行人にまで聞こえそうな、
そんな声出せって
そう、
そう言うんだ、コイツは…


どうせ、イク時は俺の口塞ぐクセに、よぉ…









「寒っみー!」
コートに手を突っ込んでも、俺の肩はガタガタと震えてた。
あったりめーだ、あんな場所で裸同然になってたんだから!
「あのなー、なんかあったら、ただじゃすまねーぞセイバー!」
「まぁまぁ、楽しんだんだろ?結構善がってたぜ?」
「ば、馬鹿野郎ッ!」
手元にあったテキーラのビンでセイバーの頭を殴った。
その瓶はもう既に空。
それに気づいて、マスターに追加を頼む。
「あと熱燗くれ」
「え?!山崎さん熱燗飲みましたっけ!?」
マスターの素っ頓狂な声。
俺がふてくされて見せると、困ったように笑ってガラスの徳利にイイ感じの燗をつけてくれた。
俺が考えてるのは、ビリーに会った時の言い訳。
携帯落として他の奴に使われたんだろう、とか?
駄目だ、多分ばれる。

まー、いいか。
「あ。」
「携帯なら俺が持ってるぜ」
「ああ?拾ってきたのか」
「おう」

ほろ酔いから完全酔いに変わっちまってるようなセイバーの声に。
苦笑するしかなかった。

だってよー。

携帯に出てたの、コイツ焦らす為だったんだー、なんてよ。
そんなん、言ったら俺が変態じゃねぇか。
変態はコイツで充分。絶対そうだ。俺が決めた。
まぁ、その代償にあんなトコで…ってのは想像外だったがな。
まさか携帯かかって来ると思わなかったしよぉ。

…まいった…

猪口に額を押しつけて、はー、とでっかい溜め息。
セイバーがそんな俺の横で笑って言った。




「予想外だったろう?」





…?
なぬー?!?!?!






我侭な賭け・完