★下衆★
わかっている。
無謀なことをしているとは思う。
そう、この能無しの頭部は既に理解してるさね。
けれどコレが許せる物か。

「ブッちぎれて死ねヤァッ!」
「阿呆が、そんな刀(モノ)に頼るから弱ェんだよ!」

何度も何度も叩きつけた。
その度に、スルリかわされて懐へ入られ。
薄笑いが張りついた笑顔で俺を吹き飛ばす。
そう、何度吹っ飛んだか、もう見当がつかない。

「んの…ヤロォ…」
「シツコイヤローだな…!」

手加減されているのがわかる。
本当だったら始めの一発で俺はダウンしてたんだろ?
だったら、してみろよ。
俺は多分ダウンなんかしねぇぞ!
そうだ、お前は、コレを侮辱した。から…

「なぁにムキになってんだ?」

コイツが俺にココで会ったのも何かの縁。
俺がココに居合せたのも何かの縁…。
そして、コイツが俺の刀を侮辱したのも何かの縁か?

「さっきの言葉、取り下げなッ!」
「ハッ、刀がそんなに大事か。それがなけりゃ怖くて眠れませんってか?」
「テメェ、言わせて置けば…!!!」

頭に血が上る、分かる、刃が曇るのが。
コレじゃ勝てやしない。分かっている。
こんな乱れた刃で何が勝てるものか。
分かっていても止められねぇ、コレは俺の、俺が惚れた唯一の獲物なんだ。
再度斬り付けた、その刃を拳で反らされて。
その身体が俺の裏に回る。
背筋がゾクリとした瞬間。俺は目の前が白くなるのを見た。





暗闇で。
目を開いた。
投棄された箱状の物体が回りに散乱している。
ココは、何処だ…?

「おう、目が醒めたか?」
「…ボ、ボンチュー…?!」

直ぐに感覚が巻き戻ってきて、殴りかかろうとして異変に気づいた。
身体が、動かない。

「あ…?な、なん…」
「縛った。動けねぇだろ?」
「んだとォ…テメェ、一遍地獄見せてやるッ!」
「ふん、見るのはお前だろ?間違ってないか?」

ボンチューの靴の音。
既に自分の目の前に来ていて。
カツンと止まる。
動かない腕は、自分の頭上で何かに引っかかっているようだった。
見上げると、滑車に噛ませたロープが手首に軋んで食い込んでいた。
血の気が、音を立てて引いていく。
不意に目の前に煌くヒトツの光りに、目を疑うが…まぎれもない。

「お前の獲物。よく斬れるんだってな?」
「キタネェ手で触るんじゃねぇ!」
「…さっきから聞いてりゃ、ああ?オメェ一体何様だ?」

ボンチューの表情が一変した。
怖く、なんか、ねェ。
足が震えたのは、寒さのせいだ…。
目の前に付きつけられて自分の獲物に、エロティックな恐怖を感じる。
ああ、おそらく、だから刀(コイツ)に惚れたんだ。

「コレが、欲しいのかよ。あん?」

その刃の切っ先が、俺の身体に沿うように動いて。
下腹部の、服のスソに引っかかって止まった。

「…何…しやがる…」
「さてな?なんだと思う。」
「殺すぞ…」
「殺してみな」

プツン。
少しずつ刃が俺の咽喉元へ向かって、だんだんと、
一本一本の繊維をゆっくり…。
服の真中を、切っ先が破る。
こんな、こんな事があっていいのか。
この俺の獲物が、人に、ましてやボンチューに使われるだなんて。
その手を放せ。その行為を今すぐに止めろ!

「…よく切れるな……手入れがいいのか」
「…やめねぇと…ゆるさねぇぞ…絶対…テメェ…」
「よく動く口だな。」

ブツリ。
一気に引き上げられた刃が、引き千切るように俺の前を開く。
信じ…たくない…!信じられるか。
こんな侮辱があるか。こんな屈辱が、あるか!

「それを、俺に返せ…
 お前に触れられているのを見ると吐き気がしやがる…!」
「コレか?」

フラフラと、子供の玩具のように、それを振って見せる。
そんなんじゃない。
それは、俺の…

「随分と、愛されたもんだな…この刀も」

ボンチューがそう言って、それを俺の到底手の届かぬ場所へほうり捨てた。

「貴様ッ…!!!ゆるさねぇ…!!ほどけッ!今すぐ殺してやるぅッ!」

あれは俺の物だ!
こんなにも自分が愛した物なんて、なかった。
誰だってそうだ、大事な物があるはずだ。
そしてそれを侮辱する事は誰にも許されていい筈がねぇ!
なんで、なんでそれなのに、コイツは、この男はこんな事を。
コイツには、大事なもんがねぇってのか?!

「…ムカツクんだよ」

「んだと…?」

「ムカツクってんだよ。あの刀の前でテメェ犯してやる」

◎■下衆・2

BACK