★崩レ落チル物、ヒト、アナタ★

ガラン。
大きな石が崩れたその先にちょいと顔を出したのを見て、道を開ける。
掛け声イッパツ、その巨石が投じられる。
川に落ちてタパンと音を立て、水飛沫が跳ねて、魚が跳ねる。
「ボタンよぉ、魚くらい獲れねぇでどうやって生きてくツモリなんだ、ェエ?」
自分で落とした石が割れるのを見て、満足そうに一言。
そんな満足なら、俺に小言なんか言わなけりゃァイイのに。

勝也さんが時代錯誤な山篭りを始めてもう一周間も過ぎたろうか。
俺はそのお付き合いで、なぜか一緒に山篭り。
昼は昼でお付き合い、夜は夜でお付き合い。
もう体もそろそろ鍛えられてもイイ頃合なのに、
俺は微妙に衰弱してるような感じ?
疲れで、立ったまま寝そうになることもシバシバ。
こりゃ、体力勝負と言うより精神力だなぁと思いなおして
気合を入れてみたりするけど、
どうもこの勝也さんの体力に打ち負かされてる気がする。

俺、どこまで、もつかネェ。

石の強襲に驚いて気絶した魚がプカリと浮いて。
あんぐりと口を開ける俺を諭して魚を拾い上げさせる。

そんな日々が続いて、そろそろ俺も分かってきた。
俺は、逆にお荷物じゃぁないか?
崖から突き落とされて這いあがってこれなくて、
嫌味たらたら担ぎ上げられたり、
腹が減っても何も獲れない俺に、
溜め息ついて鳥を掲げて見せたり。
俺は、何してんでしょうかね。
お荷物、ですよね。

風が吹きそれに転がされて只只見つめるのは塞がれて行く視界なり。
塞がれてなおも足掻けば迷惑ことこの上なし。

「お前、役に立たネェなぁ。夜以外は」

ズバリ言われて、もう既に自分が情婦だか淫売だかのような気分を煽られる。
ソレしかなければ、それを生きる糧にするしかないから淫売。
自分ですることを放棄してそれを売りに人にシテもらってやっと繋ぐのが情婦。
嗚呼。まごうかたなき恥足る分際かな。

教えてもらった獲り方も、
自分がしてみるとなかなかコレがマトモな動きを見せない。
そもそもあんなデカイ石が持ちあがるわけがない!

雨が降ったり照りつけたり雨が降ったり。
びしょぬれの俺を見てニタリと笑う勝也さんに、
嗚呼また己は淫売まがい。
上げていた髪がとうに落ちて、視界を邪魔する。
勝也さんはそれが気に入っていたようで、している途中でいつも髪を触る。

「泥ダラケで髪がほつれてるとは、お前強姦された後みたいだな」

嗚呼、そうやってどんどん俺を貶めて下さいよ。
強姦でもなんでもして下さいよ。
どうぞ、俺はもうそれくらいの価値しかないってこと
気づいちまいましたからね。
俺は、なんにも出来ない、カッコワリィなぁ…。

雨が降って、川から離れた。
天気はよくなっていたが、危険地帯がヒトツ。
「ち、増水してやがる」
勝也さんのその言葉に、妙な疑問を感じたのは何故なのだろう?
川からの移動がてらに回りの木々を見つつ、
昇りつ下りつ、疑問の解消策を探す。
なんだろう。
「なんか、妙な感じが…」
「あ?お前に何かわかるのかよ」
「…そうですね…」
そう言えばそうだったんだ。
俺が何かわかるわけがない。
勝也さんに助けてもらってなきゃココで俺は野垂れ死に。
そんな思い込みに、もう、自堕落になるから。
しばし待てとも呈せない。

「?」

振り向くと、音。
何かを引き千切りながら、俺に、俺達に向かってくる音。
何か、来る?

「勝也さん…妙じゃねぇッすか?本気で…」
「音は聞こえど姿は見えず?ってぇのか?雨のせいだ、ほっとけ」
「はぁ…」

言葉は返せども実はもう既に俺の中には知らぬ不安がいっぱいで。

振り向かずとも、音。

「一寸…スンマセン…」

勝也から離れて聞き耳を立てる。
更に上。
其処から右。
少し離れて、辺りを見まわす。
濡れた地面と、其処から沸く泉。

また、なにか音が。

「勝也…さんッ!」
「なんだぁ?ヘビでもいたか」
「早く、ここまで来てくださいッ!」
「あ?」
「は、早く…」

もう、わけがわからない、只、なんとなく、イヤ、わかってる、ココは危険だ!
直感じゃァない。
推測、憶測だ。
その俺の様子にはたと其処に立ち止まる。

「ボタン、なんだ?お前、妙だぜ?」
「…ッ…こ、こっちまで…ッて言ってるじゃネェですか!立ち止まらないで!」
「妙だ、お前が妙だから行きたくなくなる」
「早く…早く。お願いですからッ!」
「…はぁ?」

フカシギな顔をしてちょいと俺を睨み付ける。
俺はもう俺で焦っていたから、喚きたてるだけ、
コレはもう知能的なやりかただとは到底思えない。

「お願いしますッ!なんでもしますから…!」

そう言った俺の言葉に、勝也さんが駆け上がって来た。
俺の、目の前に立ちふさがるように。

「へぇ、まだ、そんなこと言う余裕があったんか、お前」
「…え?」
「コレ以上なんでもするってのは、『変態行為が自分には必要です』ってか?」
「そんな意味じゃ…」
「なんでも、するんだろ?へー。ほーぅ。」

明らかに馬鹿にしてるその言葉に、むっと来るけれども。
とにかくコチラまで来てもらえたことに、安心はする。

大きな音がもう1度。

勝也の手を引いて、倒れこむ。

「?!」

地響き。
木々の揺れ。
雨水がほとばしる。
地中がずれて
土が滑って転げ落ちる木々。

言うなれば、土砂崩れ。

丁度俺の足元辺りから向こう。
すべてが、崩れ落ちて。
目を閉じて、それが過ぎ去るのを待つだけ。


「……ボタン…?」

呼ばれて、目を開く。
勝也さんが俺に覆い被さっていて。
ああ、生きていた。
そのままの姿勢で、その口が開いた。

「お前、分かってたのか?本当に?」
「…あ…多分、まぐれで…」
「んなワケがあるか!助かった…本当だ、こりゃお世辞でもなんでもネェ」

そう言って俺の頭をグリグリと。
始めて、撫でられて、異常なまでに照れる。まるでガキだよ…

「音が、したから…」
「音?」
「なんかが切れるような音が…切れる物考えてて、
 そしたら、もしかしたら、根っ子じゃねぇかって。」
「……で?」
「…根っ子が切れるってことは、もしかしたら、木が倒れるかな…って」
「……」
「地面が濡れてて、水が沸いてる、土は湿って柔らかくなってりゃァ、
 そりゃ一緒に土も押し流されるかも…で、
 こっから先の根っ子は切れた音がしなかった。
 だから、ココまで来れば…」

すべて、想像上の。
そう、だから、たまたまのまぐれ。

「お前も役に立つなぁ…」

言われて、ドキリとする。
ずっと言われたかった言葉のような気がして。
気がつくと、こみ上げそうになっていた。

「泣くな」
「な、泣いてなんかいねぇですよッ!」
「だが、前言撤回はさせねぇぞ。」
「へ?」

「なんでもする、って、言ったろ?」


避けがたきかな、己の墓穴。
もぉ、逃げらんないなぁ。
勝也さんが俺につめよって、その顔が異常に嬉しそうだったから。
まぁ、どんなことでも、しますよ。



でもそれって今までと、変わらねぇ気もするんですがねぇ…


◎■崩落・2

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