★3000★
俺ははじめてその遊びに参加した。
いや、今まで別にしたくなかったわけじゃない、
なんとなく照れくさかったから見ていただけだったんだ。
楽しそうなマミーとファミリーを見ているだけで落ちついた。
落ちつける場所がそこにある、
俺にはそれだけで十分だったんだけれど。

「トニーよぉ、オメェ付き合い悪いぜ〜?野手くらいだったら出来るだろ?」

プゥと音がしそうなほど横っ面を膨らませたマミーを見たら、
凄く楽しそうな予感がしちゃって。
そうか、もしかしたら、俺は名指して誘われたかったのかも、しれないな。
だから、君が誘ってくれるなら、俺もあそばせてもらうよ。

「よっしゃ!そうこなくっちゃなぁ!みてろよぉ〜
 取れねぇくらいのやつかっ飛ばしてやッからな!」

そのでっかい笑顔に、俺がどれだけ憧れたのか、君は知っているかい?
俺がどれだけ安心するのか、気づいているかい?

マミーの掛け声で、チームが二つ作られ。
それぞれが勝手にチーム配分をはじめる。
ドコから持ち出されたのか、ファミリーの持ち物にあったのかな?
バットとボール、それからミットなんかが入った
鉄のバケット(キャスターつき)がガラガラと音を立てて運ばれてくる。
河川敷の川沿いの土手裏。
ボールを指の上で一生懸命グルグル回そうとしては失敗、
ボタンに笑われてどついて。
んじゃお前やってみろよ!
と言う言葉にボタンがにこにこしながら上手に回すと
ムスッたれてでも笑いながらボール投げつけて。
勝也が野球帽かぶってるの見て大笑いして、だって頭がはみ出してる。
ああ、楽しそうだなぁ。
俺は、この中で一緒に楽しそうに笑えるのだろうか。
マミーにはそれを許してもらっているけれど、
他のファミリーのメンバーは俺を避けるよ。
俺はマミー、お前より強いね。知っているね?

でも、お前のほうが強いんだよ。
その笑顔と、みんながついてこようと思う、
何故なのかはわからない、流行り言葉で言えばカリスマ性。
俺もそれに惚れたんだ。
なんでそんなに大きいんだよ、お前は。
いつかその重みに潰されてしまったりは、しないのか?
俺は、潰されてばかりだよ。
憧れるのは、恥ずかしいコトだろうか。

「どうしたトニー?うかねぇ顔だな?」

5回裏が終わった後、汗だくのマミーがそう言ってきた。
有難う構ってくれて。
待っていたよ。わかってる、待ってるだけじゃ駄目だなんてコトは。
勝也がその後ろから俺をうざったそうに覗きこんだ。
ああ、やっぱり、俺は邪魔かい?

俺はいつもその顔に微笑を投げかけるだけ。
優しい?そんなんじゃない、ただの誤魔化しさ。

遠くで爆音が聞こえる。
飛行機でも、飛んでいるのだろうか。

勝也が空を見上げる。

「なんだぁ?」
「近くに自衛隊があるから、もしかしたら其処のかもしれない」

俺の答えに勝也は、ヘェ、と言っただけだった。
ボタンが俺を覗きこむ。勝也がしたように、真似をして。

「自衛隊?」
「ああ。知らないのか、ボタン?」
「いや、知ってっけど、この音は自衛隊じゃねぇぞ」

マミーが空を見上げた。
まぶしそうに目を細めて、楽しそうに。
玩具を探す子供みたいに。
ボタンが同じような顔をして空を見上げる。
勝也と俺は、その二人を見ているだけ。

「ボタン、飛行機ドコだー?」
「見えないッすねェ…でもこの音、
 自衛隊の飛び物のエンジン音じゃねぇし、セスナでもネェし…」
「お前くだらねぇコトに詳しいのなー、んじゃドコだ飛行機」

きょろきょろと見渡す空にあるのはお天道様だけ。
マミーがボタンの説明を面白そうに聞いている。
俺にはその話題はわからない。
話がいつのまにかバイクのエンジンの話に移り変わっていて。
二人が向き直って土手の向こうを見た。
勝也も浮かない顔をしている。
そんな勝也と目線があってしまって、
肩を竦めて見せたら、眉を寄せて困り笑いされた。
なんだ、勝也も大切なモンがあったんだな、なんて。
同じ気持ちで二人を見る。
コレって、嫉妬…と言う感情に似ているね。勝也。

「バイクですね、ゼファーと、あと…ドカテー……」
「ゼファーか?賭けるか?」
「いいっすよ」
「土手の向こうだな、カキモト仕様のY32…か?」
「え?レジットじゃねぇんですか?」
「だな…」

記号や単語だらけで理解が出来ない俺の頭に
数式みたいな物が巡りまわる。
ボタンとマミーは何の話をしているんだろう?
勝也が間の抜けた顔をして二人を見比べていた。
向こう側をじっと見つめていたマミーの右手が、高く掲げられる。
ボタンの両腕にはいつのまにか、バットが握られていた。
ただならぬ雰囲気を感じて。勝也が身構える。
後ろを振り向くと、ファミリーのメンバーが各々の手にあらゆる物を握り締め、
ずらりと並んでいた。

フォン、と空ぶかしの音と共に。
土手の向こう側から土煙と黒い塊が跳ねあがる。

「来やがったな…」

マミーが笑う。
楽しそうだ。凄く。となりで不満そうに口を尖らせているのはボタン。
薄笑いを貼りつかせているのは勝也。
俺は?
俺は、ただ呆然として。
慣れていた筈だと思っていた、もうこの組織のやり方には。
しかし、さっきの奔放さとこの違いはなんだ?
マミーの、この…なぜ。遊びの時と喧嘩の時の顔が同じなんだ。
戦うことが、つらくないのか?

「おっしゃ!当たり!ゼファー!」

嬉しそうに跳ねたのはボタン。
チ、と舌打ちをして舌なめずりをしたマミーに眩暈がする。
ファミリーが全員こんなに楽しそうだなんて。
コレから起こるのは、大惨事だ、痛みと流血の、戦いなんだ。
何故、こんなことに…

「そろそろ来るかと思ってたがな…
 やっぱ頭数そろえてきやがったか、臆病モンがぁ」
「ど、どう言うコトだ、マミー?」
「家でテレビ見てたら外で集会が空ぶかししやがるからよ、
 ウルセェから黙らせた」

ああ〜眩暈がする…
なんなんだ、本当にこの男は!
奇襲のツモリの族が単車を滑らせて一直線にマミーに向けて走って来る。
その後から土煙と共に30台くらいの単車の集団。
やるしか、ないか…!

動かないマミー。
構えるボタン。
ボールを回し始める勝也、
ボタンから習ったのか教えた張本人か。余裕の笑みで。
戦いに関してこんなに切羽詰ってるのは俺だけなのか?
喧嘩を、ゲームや遊びだなんて、俺は思えないよ。

ふかした単車の空回りするエンジン音が高く尖って
前輪が持ちあがる。
にっと笑ったマミーの姿がその単車に掻き消されてしまう…!?

「マミー!!」


パァン。
耳をつんざくような、それでいて軽い音。
単車が顎の上がったボクサーみたいな間抜けな格好で止まっている。
前輪に食いこんだ骨ばった指。
メットにめり込ませた金属バット。
その脇を走りぬけていく勝也。

特攻がバイクから滑り落ちた。ボタンのバットに額を砕かれて。
早い。
マミーの握力に耐え切れずにパンクして
空回りした単車が離されてその場でぐるぐると弧を描く。
土煙に隠されて、俺は実感した。
ああ、楽しそうだ…。

いつのまにか、笑顔になる。
そうか、遊びか。コレは。
お互いに。
なら、楽しもうじゃないか。命は賭けるな、それは俺が許さない。
それを防ぐ為に俺がいる、それでいいじゃないか。
ならば、俺は俺の信じたことをするまでだ!




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