★催後の晩餐★ |
昼時。 マミーさんに言われて、コンビニで握り飯を手に入れる。 サクラを見ましたか? ああ。 そうですか。 そこから遠く離れて池の端の公園。闊歩する俺等集団を不可思議な顔して見つめる老人。 歌舞伎者がエラそうに。お遊びに夢中な男どもの、世間一般では青春と名づけられた単なる執行猶予。それを謳歌できるのは子供達か、それとも老齢の男なのか…目の前にひろがる桜並木に心奪われて足を止める。 どうした? イイエ。 これから、俺達は、どこへ、行くんでしょうねェ… 桜の枝を手折る事も許されないこの国家。 しからばせめてその花びらをむしりとって差し上げましょうか。 アナタ方が口にする食べ物が、酷く卑猥に見えて、目を伏せる。 「食うか?」 「いいえ、俺は…」 食欲が、完全に掻き消える。もともと食欲なんて無い。 誰かと一緒にものを食べることなんて、無い。 「お前いつも食わねぇよな。なんで?」 「…いえ、食欲が、ねぇだけですよ…」 そう言って笑う。 アナタみたいに、楽しそうにそれを口に出来たら、 俺はどれほど楽な人生を送れるんでしょうね。 ただ吐き気がして、口が開かなくなるから。 いつも俺は一人で飯を食う。 どこか誰にも見えないところまで行って。 そう、ましてや貴方の目の前で物を食べるコトなんて、恥ずかしくて出来ません。 俺は、どっかおかしいんでしょうねェ…桜を見上げてとにかく誤魔化して。 そう、見ていれば大丈夫、桜は俺を辱めないから。 勝也さんが差し出したコーヒー缶を会釈して受け取る。 振り向くと、桜の下に各々が座りこんでなにか食べたり飲んだり、ああ、人間だ… 地面に置いた缶の上に、空の煙草の箱を乗せて。 右ポケットから探ったジッポで最後の一本に火をつけようとしたその時。 ゴチン、と音がして。 目の前に火花が散った。 「なん…だこの…?!」 振り向くと、舌を出して笑う男が一人。 「ピエロ?なにやってんだ、イテェだろが!」 「食うかァ?」 「食わねぇッてんだろ」 「俺の手作りだぞー?」 「いらねぇよ、誰の手作りだろうと」 「相変わらずノリが悪いなァ…ボタンさんよぉ。」 へラへラと笑いながら、いつもコイツはこうやって馴れ馴れしく話しかけてくる。 いつお前と俺が仲良くなったってんだよ。 手作りだとか言う丸いパンのような物を俺に差し出すけど、 その差しだし方もまたエラそうで馴れ馴れしくて。 ムカツクから、傍に寄んなよ。 肩に手を回されて、それを無視してタバコに火をつける。 食わないという意思を、ココに提示して見せたわけ。 「なによ。その態度。」 「別に。気分がノらねぇの、別にイイだろが、お前には関係ねぇだろ」 「自分が気分わるけりゃ俺に当たる訳かい? はぁん、ボタンさんそう言うんだ。へぇ。性格悪いねェ。嫌われるよ?」 嫌われてるのはお前だよ。 言いかけて、煙草の煙を吸って言葉を塞ぐ。 目の前にちらつかされる物は、別に不味そうでも、なんでもなくて。 わかってんよ。 俺、性格悪いんだろ? 別にイイじゃん、食いたくないの、ほっとけばイイだろ、もぉ… 「食わないと死ぬぜぇ?」 「死なない」 「強情なヤツだな〜バァカ。」 無言で殴ってやったら、どつき返された。 仰向けに転がって、地面に背中をゆだねる。 ああ、桜が、見えたよ。 「反撃ねぇの?」 「面倒だ……いいだろ、ほっとけよ」 食いたくねぇ訳じゃねえよ。 食えねぇんだよ。 くうう。 「ん?」 「……」 今の音。 きかねぇフリしてどっか行ってくれねぇかな… 「ダイエット中かよ?オメー。」 「ウルセェな、空耳だろ!」 くー。 「腹鳴ってんじゃーん」 「うるせーな…もぉ!どっか行け!邪魔だっつーの!」 仰向けになったまま座ってるピエロの脇腹を足で蹴る。 邪魔。もう邪魔。どうでもイイだろ、自分の事はほっとけば。 皆ほっといてるじゃねぇかよ。なんでお前だけ俺に突っかかってくるんだよ。 俺は、ほっとかれるのが一番楽…食わなくても、誰もなにも、言わないから… 「んー」 「……どっか行けってばよ」 「ボタンさん、アレ好き?なんだっけ、パスタとかよ。」 「何でそんなこと聞くんだよ」 「そんじゃ、甘いのと辛いのとどっちが好き?」 「別にどっちも好きじゃねぇよ!イイだろ!食わなくっても!」 食わない理由なんか、どうだってイイ。 どうだって。 理由なんか、誰に向けて言える物か。 口が、アレみたいで意識しちまって食えないなんて。 俺の口は、恐らく、誰かの、精の吐け口なだけだなんて。 一瞬でもそう思ってしまったら、なにも食えないんだよ。 そんな理由、お前になんか、言いたくねぇよ。 聞かれたくねぇ…よ。 「マミーさぁーん!」 「おー?なんだ?」 イイ感じに出来あがっているマミーさんが、 ピエロの声に反応して向こう側で手を上げる。 ヘロヘロと振った手が、やけに楽しそうで。 俺も起きあがってそのマミーさんの様子を見る。 楽しそうだなァ。 マミーさんの向こう側の勝也さんの目が、俺を見る。 ……。 やっぱり、俺、物、食えねぇや…。 口ん中がさ、あん時の感触を思い出して… あの粘った感触が彷彿としてきて… 思わず、口に手を当てる。 唇ですら、見られたくない。 俺のココは、汚れてる。 ピエロの甲高い、裏返った声が。 「ボタンさん借りますねー!」 「おー、持ってけー」 え? な、なん? 「ちょ、なに言ってんだ?!」 「了承を得ました!教官!はっはっは、俺んち来い来い、 美味いもん作ったるから」 ニコニコだかニヤニヤだか区別の出来ない妙な笑みを俺に向けて。 ふいに立ちあがって俺の手を引っ張る。 ちょっと待って、こんな強引な。 でもマミーさんは向こうで行ってらっしゃーいって感じで手を振ってるし。 これって、退場せねばなりません状態? 勝也さんが目に入って。 ああ、そうか、もしかしたらココから離れれば、 もうちょっと楽になれるかもしれない。 そう思ったから。 ピエロの手を弾いて、自ら先頭に立って歩いた。 ガキじゃあるまいし、お手手繋いで歩けるかって。 「ボタンさんはぁ、俺んち知ってたっけか?」 「しらねぇよ!」 「さっきの角、右だぜ」 「うっせぇな!もっと早く言え!」 「サッキノカドミギ!」 「茶化すなよ!馬鹿野郎ッ!」 本当に、コイツといると調子が狂う。 なんで、こんなに調子がイイんだコイツ。なんで俺にかまうんだコイツ。 なんで俺は、大人しくかまわれてんだ。 …構って、欲しかったとか?んな、訳、ねぇよな… ピエロの家は、なんか1階だけの平屋ってヤツ? で、そんで同じような家が沢山並んでて。 その家の集団が、ブロック塀で囲われてた。 なんだか、収容所みたいだ。 きったない壁。いつ洗ってもらったのかわからないような犬が、 奥の方に寝そべってる。 なんだここ。雑草はえてるし。穴開いてるし、壁。 ブロック塀なんか、もう風化してるじゃねぇか。 かろうじてある庭のようなところには、屋根?いや、これ、トタン置いてるだけだろ。 「こっちこっち。見てくれ悪りいけどよ、住めば都とか言うじゃん、 大丈夫、死ななければ万事オッケ。だろ?」 でかい図体してさ。 軽いノリでさ。 あまり呆れたんで煙草も燃え尽きて指の間でくすぶってるよ。 塗りのはがれた軽い扉を開かれて、人一人しか通れねぇじゃん、このドア。 それをくぐって、井草が立ちあがっちゃってる畳の部屋に通される。 「一人で?住んでるのか?」 「うんにゃ、普段はよ、両親がいんだけどさ、今日は仕事…だと思う」 心なしか声が小さくなったピエロに。 くだらないこと聞いたな、って、思った。 □菜食主義者の肉食動物・2……ピエボタ |